陸上トラックに設けた特別席が、活況ぶりを醸す。
クボタスピアーズ船橋・東京ベイは、4月22日、本拠地のスピアーズえどりくフィールドで今季最多の入場者数を記録した。
最大収容人数に限りなく近い5,651名の衣服は、概ねオレンジと黄色に塗り分けられた。
ファンを「オレンジアーミー」と呼ぶスピアーズへ、黒に黄色の東京サントリーサンゴリアスが挑んだからだ。各国代表を擁する人気クラブ同士が、加盟する国内リーグワン1部の最終節をおこなう。
ノーサイド。39-24。勝ったのはスピアーズだった。とはいえ敗れたサンゴリアスも、多くを得た。田中澄憲監督は言う。
「悔しい部分とやれるという自信の部分。そのふたつを獲得できたと思います」
それぞれの具体例を聞かれる。
前者の「悔しい部分」とは。どうやら、27-24と3点差を追う後半38分を思い浮かべていた。
ここでは現場の選手が、相手の反則に伴うアドバンテージ(反則された側が優位とされた場合のプレー継続)の解消に気づかなかったようだ。
一般論として、アドバンテージの最中であればリスクのある選択がしやすい。もし未遂に終わっても、もとの位置でプレーが再開できるからだ。
田中が振り返る場面では、逆転勝利を狙うなかでアドバンテージを獲得していた。それが継続されていると見て長いパスを放ったところ、インターセプトされてしまった。
そのまま対するFBのゲラード・ファンデンヒーファーに走られ、32-24と点差を広げられた。
それゆえ田中は「たぶん、選手はフラストレーションがたまっていたのではないですかね…。試合を決定づけるプレーになったので、非常に悔しいです」とするが、後者の「自信の部分」についてはより明瞭に述べた。
「クイックにボールを動かしていくのは十分に通用した。ダイナミックなアタックができた」
SHでフル出場した齋藤直人共同主将も、指揮官と似た手応えをつかんでいた。
スピアーズにはリーグ開幕節で18-31と屈していた。それを踏まえて語る。
「結果は、こう(黒星)なんで……。ただ、開幕戦に比べたら明らかに自分たちのスタイルに自信を持てる」
5月14日のプレーオフ準決勝では、同じカードが組まれる。
それぞれの最終順位も前日までに決まっており、この午後は前哨戦の趣が強かった。
お互い「毎試合、全てを出し切っている」と社交辞令でなく本心で語ってはいるものの、一発勝負向けのサインプレーは披露しないのが明白。ここで生来の強さ、重さを活かしたのが勝ったスピアーズだった。
FW同士のぶつかり合いで、攻めるサンゴリアスの球出しを遅らせること複数。攻防の起点となるスクラムでも、本数を重ねるごとに互いの間合いを遠ざけてプッシュする。体格差を活かす。この日のスピアーズは、先頭中央に身長189センチ、体重117キロと周りよりも大きなマルコム・マークスを立てていた。その身長差を活かした。
自前の攻撃システムに突進役を有機的に絡め、スピアーズは序盤から複数の得点機を創る。そのうちふたつを決めて前半27分までに10点を先行する。しかしサンゴリアスは、向こうがパワーに長けるのを織り込み済みとしていた。
むしろ……。
HOで共同主将の堀越康介は言う。
「前半、僕らもめちゃくちゃきつかったんですけど、スクラムの時の相手FWの息の荒さ、コミュニケーションの少なさから見たら、『これ、後半はいけるな』という共通認識がありました」
前半35分だった。自陣中盤左で向こうの波状攻撃からこぼれたボールを拾い、攻め返す。
右中間へ展開するや、CTBの中村亮土がキックダミーを交えて突破。WTBの尾崎晟也へパスを渡して22メートルエリアへ入ると、再び逆側へ進路を取る。最後は左端で数的優位を作る。WTBの尾崎泰雅がフィニッシュした。
サンゴリアスの初得点で10-5。「自分たちのスタイルに自信を持てる」と話した齋藤は、改めて述べる。
「前半最後のトライは象徴的。がまんして、がまんして、相手がエナジーを使った後に僕たちのアタック。(本来は)80分を通してあのイメージでした」
スピアーズが15-5として迎えた中盤以降、サンゴリアスはさらにらしさを示す。
キックを放っては、敵陣22メートルエリアでタックルの雨を降らせる。後半16分には、球を蹴り込んだ後のターンオーバーから好機を作る。15-12と迫る。
「後半、自分がトライを獲ったシーンでも、うちの方が明らかに動けていた」とは、ここでフィニッシャーとなった齋藤。さらにこの場面では、スピアーズにイエローカードが出た。数的優位を得たサンゴリアスは、以後、計画通りに試合を運んでゆく。
キック捕球後のカウンターアタックからペナルティトライを奪ったのは、続く18分だ。尾崎泰がインゴールへ蹴ったボールを自ら追いかけ、妨害行為を誘った。
スピアーズ、2枚目のイエローカード発出。
サンゴリアスは15-19と逆転したうえ、人数で2人も上回ることとなった。
すると直後の相手ボールキックオフでは、自陣の深い位置から次々と防御を破る。
敵陣ゴール前左へ侵入する。ラインアウトからモールを押し込むなどし、15-24とする。
ここで残り時間は18分。逃げ切りを図るサンゴリアスだが、落とし穴にはまった。
得点直後のキックオフを捕球して敵陣へ折り返すも、監督の田中に言わせればその後の防御で「少しパッシブ(受け身)になった」。逆にスピアーズがパスの数を減らし、持ち前の推進力を活かすようになった。
時折、サンゴリアスの好タックルも決まるが、総じてスピアーズの大型走者が強引に前に出る。
サンゴリアスは26分までにトライとコンバージョンを許し、22-24と迫られた。
FBで好走連発の松島幸太朗は、淡々と振り返る。
「あっちが13人になって、(自軍の動きが)ソフトになる部分があった。心の余裕が出てきて、慢心が出たということです。(問題は)それだけじゃないですけど」
これには齋藤も「あってはならないこと。そんな(気が緩んだ)つもりはないですが、そうでなければああいうことにはならない」と悔やむが、その後、勝ち越されるまでの間は好感触もあったろう。
後半34分までの約7分間、自陣深い位置で堅陣を敷いた。ゴールライン上で2度、グラウンディングを防いだ。ここではチーム最初のイエローカード発出もあり、27-24とリードを許してしまう。ただしその後は、アドバンテージの確認に泣くまで攻めに攻めた。
プレーオフでの再戦へ、「きょう出た課題に取り組んで、いい準備していきたい」と新任監督の田中。この日はNO8のテビタ・タタフが故障退場も、指揮官は「さっき聞いたら、大丈夫と言っていた」。穏やかな口調で、強調する。
むしろメンバー編成に関しては、前向きな点が多い。
この日欠場したSHの流大、SOのアーロン・クルーデンらが「基本的には戻ってくる予定」のよう。
昨季の枢軸だったCTBのサム・ケレビも、今季初出場の可能性がゼロではない。田中は補足する。
「サムは、長く試合から遠ざかっていますので、肉体的にどうかより、メンタル的に自信がつくかも慎重に判断したい」
全てを終えて、そしてロッカールームへ引き上げるまでに、堀越は、仲間へ今後の指針について話したという。
齋藤が後日、その内容を踏まえて語る。
「これからは、少しでも不安要素があれば、確認し合おう。妥協せず、突き詰めよう…と。(これからは自身も)いちリーダーとして、自分がそう思った時も、周りがそういう雰囲気になった時もきちんと声かけする。隙のない準備をして、準決勝を迎えたいです」
まさにリベンジの序章を奏でた。「隙のない準備」を始める。