録音データを再生する。表題にある日付は、西暦の上2桁を省いて「160824」。蝉の鳴き声をBGMに、しゃがれた英語が聞こえる。
話していたのはロビー・ディーンズ。2014年に着任した現埼玉パナソニックワイルドナイツの指揮官が、当時の拠点だった群馬県太田市でインタビューに応じていた。
天気がよいからとグラウンドに椅子を用意し、穏やかに語ったのは「選手の育成」という命題についてだ。
才能のある選手が日本代表として力を発揮するには、普段から代表戦に準ずる圧力のもとで鍛えるのがよい。選手層とコーチングスタッフが充実した自分たちのチームでならそれが可能だ、という趣旨で述べた。
「この話をウェイトリフティングに置き換えると、大会当日にいきなり目指している重りを持ち上げるよりも前に、まず練習でその重りを持ち上げられるようにならないといけない、ということ。きっとどの競技でも、世界記録のほとんどは、練習のなかですでに生み出されています」
時を経て、その言葉を思い出した場所は「さくらオーバルフォート」だ。埼玉の熊谷ラグビー場に併設するグラウンドで、2020年よりワイルドナイツの本拠地となっている。
「福井ー」
この地で福井翔大に声がかかったのは4月6日。全体練習を終えた堀江翔太に呼ばれ、観客席側の区画に集まる。ちょうど、自身と同じフォワード第3列の大西樹もいた。
堀江はワールドカップに過去3度出場。スクラム最前列のフッカーを務めながら、ラン、パス、キックとこの競技におけるすべての動きに造詣が深い。この日は親交のある後輩と、ジャッカルについて深掘りした。
地上の接点で相手の持つ球に絡み、機を見て奪うジャッカルには、いくつかのセオリーがある。
まず自軍側から見て接点の真後ろからアプローチし、両足を開いて腰を落とし、かつ膝から下をゴールラインと平行に保つ。そのうえで、ボールに両腕を巻き付けるのが肝とされる。
接点の真後ろが起点となるのは、横入りが反則になるためである。
また両足が平行に開いているべきなのは、足を前後させたような形で入るとどちらか片方の足を相手に持ち上げられてしまうからだ。それではスイープと呼ばれる、ジャッカルを引きはがす動きが決まりやすくなる。
オーバルフォートにいた堀江は、このセオリーを踏襲しながらも、既存の概念にとらわれずにジャッカルを捉え直そうとしていた。
まず、ルールに倣って接点の後ろから通常通りのジャッカルを仕掛ける。両足を平行に開いてボールに絡む。ただしスイープしにくる相手が迫る折、いったん、片足を下げてその場から身体だけを逃がす。
そして、いよいよ向こうのスイープとぶつかる瞬間、球と相手との間に、スイープが迫るのとは逆側の足を差し込む。脇腹や背中を相手に見せるようにして踏み込み、ボールを守る…。
意図を本人に問えば、「何となく、遠い方にいけば、(相手も)嫌なんかなと」「体重も前に乗るので、スイープする方も重たいかなと」とのことだ。
つまりスイープを試みる相手が迫ってくるのとは逆の、つまり「遠い」ところから身体を入れる。自ずと前足に体重が乗り、両手だけがボールにへばりついている一般的なジャッカルよりも、スイープがされにくくなるのではないか…。
堀江はそんな仮説を立て、練習で後輩の意見を求めながら実地訓練を重ねていた。
「次の試合で出せるかは、わからないですけど」
2日後には、国内リーグ戦通算150試合出場となるリーグワン1部・第14節を控えていた。いまなお指揮を執るディーンズにはかねて5戦ぶりに先発を告げられ、トレーニング後は複数の記者から取材のリクエストを受けていた。
いわば記録的な一戦が近づくなか、本人は「どうやったらうまくなるか、どれだけロスを少ななく身体を動かせるか」と、淡々と能力の開発に努めていた。
福井によれば、このスキルは、チーム有数のボールハンターであるラクラン・ボーシェーが来日時によく用いていたという。同僚の動きも参考にされたかもしれぬ新しいジャッカルの形は、熊谷ラグビー場で開催の「150」のゲームでは、見られなかった。
対するリコーブラックラムズ東京のスイープが素早かったため、新技を披露する「暇がなかった」と堀江は言う。
それでも、まだ見ぬ瞬間のために向上心を絶やさぬその姿に、指揮官が口にした「世界記録のほとんどは、練習のなかで生まれる」という普遍は重なった。試合は25—12でワイルドナイツが勝った。
最近は以前よりも各クラブの練習公開が許されやすくなり、ディーンズがたとえた「新記録」を生むための「練習」にあたる局面に立ち会いやすくなっている。
東京サントリーサンゴリアスの齋藤直人は、府中市内のグラウンドで自ら定めた個人練習に注力する。障害物に挟まったボールをなるたけスムーズに拾い、パスする。球さばきのテンポという、生来の強みを磨くためだ。
さ らには元監督の沢木敬介氏がグラウンド脇に作った、芝の坂を活用する。斜面を駆け上がりながら、迫る防御役をステップでかわす。実戦的な動きを通し、瞬発力を養う。
古巣に置き土産を残した沢木がいま率いるのは、横浜キヤノンイーグルスだ。このクラブが活動する町田市内では、代表経験者の田村優がタックルの特別メニューに取り組む。
指導する佐々木隆道アシスタントコーチは、「アップ! ショートステップ!」とのキーワードを打ち出す。走者役との距離感を一気に詰め、歩幅を合わせながら肩をぶつけにかかる。
田村は数本、好感触を得たら、走者役だった若手に握手で感謝を伝えた。今季は前年度までと比べ、田村のロータックルが多く目撃できる。変化の裏付けが、居残りセッションからにじんだ。
リーグワンは大詰めに突入した。これから始まる大一番の見せ場のいくつかは、参戦するチームの「練習」から予見できるだろう。