桜島を見ながら毎日を過ごす生活に戻って1年が経つ。
セブンズ日本代表として59キャップを持つ桑水流裕策(くわずる・ゆうさく)はいま、家族とともに故郷・鹿児島に暮らしている。
福岡大学進学時から、昨年の春まで福岡に住んだ。
今年10月には38歳になる。鹿児島工業高校卒業と同時に福岡へ向かったから、故郷には知らなかったことがたくさんある。
「妻も鹿児島出身です。お互い、戻ってきて良かったね、と話しています。先日は息子たちと、錦江湾で釣りをして、たくさん鯛を釣りました。これまで知らなかった鹿児島を楽しんでいます」と笑う。
女子ラグビー、ナナイロプリズム福岡のヘッドコーチを務めている。
選手たちがグラウンドに出る木、金、土と、試合がある日曜日はチームの本拠地、福岡・久留米で過ごす。
指導者としてのキャリアは、現役プレーヤーだった2019年12月に始まった。
2021年の春には所属していたコカ・コーラが廃部となったこともあり、コーチに専念する生活が始まった。
現在は、前述のように久留米でチームの指導にあたるほか、鹿児島でも、チームのパフォーマンスレビューや、翌週の練習メニューの作成に多くの時間を費やす。
鹿児島県ラグビー協会から、強化サポートの依頼も受けている。
また、知人と設立した『株式会社Sports for LIFE』での活動を通して、子どもたちにスポーツの楽しさを教える活動もしている。
ストレスをためがちなサラリーマンなどの生産性を高めるため、オフィスを訪れ、気晴らしとなるような簡単な体操などの指導もおこなっている。
自身は大学2年時、当時代表チームの指導をしていた高井明彦氏の抜擢によりセブンズ日本代表に選出され、突然世界への道が拓いた経験を持つ。
以来、世界のあちこちを転戦し、多くの経験を積んだ。2016年のリオ五輪では、4位と躍進したチームを、主将として牽引した。
ただ、プレーヤーとしての実績は豊富で、セブンズのエキスパートでも、コーチングは別物だった。
選手たちを成長させ、チームを勝利に導くことは簡単ではない。「学び続けています」と話す。
3月25日、26日に静岡・エコパスタジアムで開催されたリージョナル・ウィメンズセブンズでは優勝。5月下旬から開幕する今季の太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ2023にコアチームとしてフル参戦できることが決まった。
サクラセブンズの中村知春や、小笹知美、弘津悠ら日本代表を有している(同大会には参加しなかったが白子未祐も在籍)。
ピッチに立つ7人の中に代表選手がそれだけいたら、勝利をたぐり寄せるのは難しくないだろう。そう思いがちだが、実際は、圧勝続きではなかった。
そこに勝負とコーチングの奥深さがある。
桑水流HC自身、強豪が競い合う太陽生命シリーズは別として、自分たちの陣容を考えれば、リージョナル大会で勝つことは難しいものではないと、甘く見ていた時期もあったと認める。
しかし、昨年の大会では頂点に届かなかった。
「代表選手がいたら勝てる、ということなんてありませんでした。自分がプレーしてきた(インターナショナルレベルの)セブンズと変わりはなく、チームとして戦えていないと結果はついてこない。それは、カテゴリーに関係はありませんでした」
指導者になって、勝ったときの嬉しさに変化がある。リージョナル大会のときも、自然と涙が出てきた。
選手たちが達成感を得た時の表情を見ていると涙腺が緩む。自分の手で勝ち取った時の感覚と違う。
負けたときの感覚もそうだ。プレーヤーの時は、自らぶつかって敗れた悔しさがあった。もう一度挑めばいい。割り切って、すぐにそんな気持ちが湧き上がった。
すべての面で直接的だった。
しかしいま、パフォーマンスを出すのは選手たち。負ければ、勝利に導けなかった申し訳なさを感じる。
指示通りのプレーができず勝利を手にできなかったケースでも、「どうしてできるようにしてあげられなかったのか」と自分に問いかける。
自問自答は、大会ごとや試合のたびにではなく、「日々の練習で、その思いを繰り返しています」と話す。
「試合に勝ったり、選手がうまくやれたら、やってきたことが生きたのかな、と。正解を探りながらやっています」と言う。
選手の成長を感じられたときが、なによりも嬉しい。
リオ五輪を一緒に戦った瀬川智広HCが「チームは生き物」と言っていたことを実感することがある。
優勝した先のリージョナル大会の2週間前、強豪・ながとブルーエンジェルスのもとへ日本経済大、九州産業大とともに集い、練習試合をおこなった。
ナナイロは日本代表選手を擁したメンバーながら、どこにも勝てなかった。
チームで話し合った。
無意識に代表選手たちに頼っていなかったか。一人ひとりにとって、ナナイロはどういう存在なのか。
腹を割って思いをぶつけ合った。涙を流す者もいた。
その結果、大会までの練習の雰囲気がガラッと変わった。
優勝への道の途中には、そんなことがあった。
「ラグビーはフィールドの上のことだけでなく、外のことも大事と、あらためて思いました。チームは生き物だな、と。コーチングで大事にすべきことにも気づいた気がします」
無名だった自分が、コーチに導かれて世界を知り、人生の可能性が広がった。
人間は一人ひとり、個性を持っている。それを伸ばしていくのは、スポーツで夢を叶えてきた自分の使命だと思っている。
故郷でそう思う、コーチ4年目の春。
まずは太陽生命ウィメンズセブンズシリーズで、選手たちの笑顔をたくさん見たい。