東京は国立競技場で涙ながらに絶叫したあの日から、1年以上が経った。細木康太郎が表舞台に立つ。
2021年度の大学選手権を制した帝京大の主将を務めた細木は、今年度より東京サントリーサンゴリアスの一員となっていた。
加盟する国内リーグワン1部で初めて登録メンバーに名を連ねたのは、年度が替わる直前だ。3月26日の第13節である。
千葉・柏の葉公園総合競技場でおこなわれるNECグリーンロケッツ東葛戦で、リザーブ入りを果たした。スクラム最前列の右PRを担う身長178センチ、体重115キロの23歳は、静かに決意する。
「ここでチャンスをもらえたら結果を出して、次につなげたいです」
時間を要した。
昨季途中にあたる昨年4月に加入も、「サンゴリアスに来てから、ラグビーをする時間が短かった」。学生時代からのけが、入社後の故障に泣いた。
今季、全体練習に参加したのは、レギュラーシーズン開幕後の1月以降だった。
視線の先では、同期組が活躍していた。ハードタックルで鳴らすFLの山本凱は昨季終盤に初陣を飾り、左PRの小林賢太、FBの河瀬諒介も今季デビューした。
細木は言葉を選ぶ。
「小林、昨季から出ていた凱と、FW(自身と同じポジション群)が続々と出ていて、小林に関しては同じPR。悔しいです。ただ、一緒に厳しいトレーニングをしたり、会社に行ったりするなか、おめでとうという素直な気持ちもきちんと持てているなと、自分で感じています」
サンゴリアスは旧トップリーグ時代に5度優勝を果たした強豪で、選手層が厚い。
在籍選手のうち18名が日本代表になったことがあり、海外出身者もしのぎを削る。細木の位置にも、現代表の垣永真之介ら好敵手がひしめく。
フィールドに立つにはまず、献身性、プレースタイルの理解度が問われる。
「覚えることは多い。頭を使いながら、身体を使って、頑張っています」と細木。現実を直視しつつ、折れそうな心をどうにか整えんとしてきた。
「これまでのラグビー人生、基本的に(試合に)出る側の人間でした。そのなかで、たくさん出られないメンバーがいた。感謝の気持ち、メンバー外のがまん強い人間の存在…。いろんなことが知れました」
首脳陣の談話によると、サンゴリアスのメンバー選考は各節の10日ほど前から始まっている。トレーニングでの各選手の調子、当該試合の約1週間前にある前節の様子も踏まえ、スタッフが議論を重ねる。顔ぶれが定まるのは、公式発表の前日となることが多い。
選手はいつも、日ごとの努力がいつかの出場機会につながると信じる。
「自分自身がメンバーに入れない、それではやりがいがない…と、下を見てプレーすることも多かったのですが、その練習が終わってから、『あぁ…きょう、頑張っておけば、来週のメンバー選考には入れたのかな』と…」
もしかしたら「その練習」では誰か別な選手が爪痕を残していて、数週間後に出番をもらっていたのだろうか…。
細木は続ける。
「こういう、ふとした時に、いろんな人間の凄さを知れました」
今回の抜擢に関し、就任1季目の田中澄憲監督は「スクラム、すごくいいです。うちの1番(左PR)が細木と組むのを怖がっている」と太鼓判。「あとは、スクラムは8人で組むものなので、そのあたりは(今後の)経験で…」と期待する。
本人はこうだ。
「スクラムでペナルティを取る。アタックではゲインライン(攻防の境界線)を切る。ディフェンスではゲインメーターを取られない(突破されない)。要所、要所で、自分が負けることがないようにしたいです」
過去にしたことのない類の苦労をした末に、名門のファーストジャージィをつかんだ。それを手離さないための最善手は、もうわかっている。