稲垣啓太が証言する。
「アタックの形が変わっていることには、気づいていました」
3月11日、東京・秩父宮ラグビー場。埼玉パナソニックワイルドナイツの一員として、国内リーグワン1部の第11節に先発していた。昨季のプレーオフ決勝で下した東京サントリーサンゴリアスに、戦前の想定にはない手法で攻められたという。
サンゴリアスは適宜、接点の周りに立つFWの人数を通常の3名から4名に増やしていた。相手の防御を中央に引き寄せることで、後方のラインで数的優位を作るのが狙いか。
「いや、あまり(前回までと)変わらないですよ」とは中村亮土。サンゴリアスのインサイドCTBとしてFWの後ろを衛星のように動き、空洞へキック、パスを配したうえで述べた。
サンゴリアス側の話を総合すると、この日は決して新しい戦術を披露したわけではないという。もっとも、今度の仕様がワイルドナイツに珍しく映ったのも事実だ。
稲垣は「サンゴリアスさんの詳細を言うわけにはいかないですが」と気遣いつつ、こう分析する。
「狙いとしては、(4名のFWが複数のタックラーを引き付けることで)セカンドフェイズ(次の展開で)のディフェンスの枚数を減らすこと。そうされるとこちらの順目(攻撃方向)にフォールドする(移動して守る)人数も減り、かつ、(反応が)遅れる。そして外にスペースが作られる」
前半のサンゴリアスはこの枠組みをどのエリアからも用い、機能させた。開始18分で14点リードを奪った。自陣ゴール前での防御も光り、先行したままハーフタイムを迎えた。
潮目が変わったのは、ワイルドナイツが17-24と7点差を追っていた後半15分のことだ。
ここでもサンゴリアスは、例の4名の陣形を介して展開した。敵陣10メートル線付近左中間の接点から、右方向へパスをつなぐ。
この攻撃にワイルドナイツは、それまでとは異なる手法で圧をかけたか。
特定のスペースを特定の選手が遮断しにかかるのではなく、列をなしてわずかずつ間合いを詰め、徐々にパスコースを限定したような。
果たしてアウトサイドCTBのディラン・ライリーが、インターセプトを決めた。スタンドに集まった1万9079名の歓声、ため息を背に、約60メートルを駆け抜けた。フィニッシュした。
サンゴリアスの攻め方を把握し、適切に対処したのだ。直後のコンバージョンをSOの松田力也が決め、24-24と同点に追いついた。
中村亮土は悔やむ。
「前半と後半で、(ワイルドナイツが)ディフェンスの仕方を変えていたんです。僕らが前半と同じイメージでアタックしていたところを狙われた感じ。ああいうディフェンスをしてくるとわかっていたら、もっと違うオプションがありました。ワイルドナイツの修正する力を感じました」
ワイルドナイツは失点のかさんだ前半を受け、自軍の守りの基本項目を見つめ直していた。
接点に少人数で圧力をかけること、素早い位置取りで防御ラインを整えることを改めて意識した。
ライリーがインターセプトを決めたのは、その原点回帰がなされたからだとも言える。
事実、この場面では、起点となる肉弾戦でインサイドCTBのダミアン・デアレンデ、FLのベン・ガンターがファイト。サンゴリアスの走者を羽交い絞めにして、球出しを遅らせていた。
その間、次の局面で守る人数を確保できた。おかげでライリーは、思い切って相手のパスコースに入れたのだ。
稲垣はこうだ。
「各チームがいろんなことをしてくる。そこで一番、大事なのは、横(の選手)と連携が取れているかだけ。それができれば相手が何をしてきても、誰がどう入れ替わっても問題ないです」
ちなみにデアレンデは、後半開始早々にも相手ランナーをつかみ上げ、攻めを鈍らせている。持ち前のパワーで組織を支える。
「コリ コーチ(防御を教えるホラニ龍コリニアシ)には、目の前の状況に応じてプレーすべきと指導されています。きょうは後半になるにつれタックルがよくなり、ディフェンスから相手にプレッシャーをかけられました」
挑戦者が手を替え品を替え揺さぶりにかかるなか、王者は自前の型を貫き白星を積んできた。それはこの日も然りだった。
タイスコアにしてからは、自慢の守りをさらに固めた。
ハーフ線付近で堅陣を敷いたのは、31-24として迎えた後半22分頃だ。ミスを誘って攻撃権を得ると、左から右、右から左、さらに左から右へとその都度、角度を変えながらパスをつなぐ。サンゴリアスの防御網の隙間を広げ、こじ開ける。
27分、38-24。司令塔の松田は落ち着いていた。
「勢いがあればアタックをする。外にスペースがあると(味方の)コールが来ていた。状況を見ながら判断していました」
折しもサンゴリアスは、スタミナが目減りしていた。序盤から攻めまくった反動か。
ワイルドナイツはサンゴリアスの動きに首尾よく対応し、かつ消耗戦でも上回った。
41-29で開幕11連勝を果たし、ロビー・ディーンズ監督は部下の献身を喜んだ。
「サンゴリアスは私たちにストレスを与えるアタックをしてきました。ハーフタイムには、選手に『そのなかでも自分たちのシステムを信じ切り、ストレスを排除しよう』と伝えました。すると防御は改善された。戦術的にも、精神的にも、です。お互いがお互いにストレスをかけあうなか、今回に限ってはワイルドナイツの方がうまく対応できたと言えます」
かたやこれにて2連敗し、シーズン3敗目を喫したサンゴリアスだが、田中澄憲監督いわく「先週の負けとは全然、違う内容。選手は勇敢に戦ってくれました」。前節のトヨタヴェルブリッツ戦であまりスペースを突けなかったのに対し、この午後はモットーの「アグレッシブ・アタッキングラグビー」を体現できた。
FBの松島幸太朗は、好ランを重ねたうえで述べる。
「そんなにネガティブではないですね。最初から自分たちでアグレッシブにアタックすると決めてやって、50~60分弱まではよかった。その後、ちょっと、ガス欠になった。きょうの試合を経て、(終盤まで体力を保つべく)キックとアタックとのバランスを組み込んでいければ大丈夫です」
上位4強によるプレーオフでワイルドナイツと再戦し、凱歌を奏でるべく、レギュラーシーズンの残る5試合をどう戦うか。松島は続ける。
「きょうみたいなラグビーを、毎試合、やる。そのなかでスペースにキックするとか、FWを前に出すとか、考える(微修正する)」
今季就任の田中監督は、ライリーのインターセプトを思い返すように話す。
「やってみて、通用する部分はたくさんありました。(今後は)相手の対応力にも負けないというか、対応されても自分たちにプレッシャーをかけずに落ち着いてプレーすること(を目指す)。ここは、きょうの試合に出たメンバーは皆、感じていると思います。トレーニングから、自分たちでコミュニケーションを取ってやっていく」
最近のワイルドナイツがそうであるように、最後の最後まで自分たちの土俵で戦えるようになりたい。