3月3日の試合メンバー(対静岡ブルーレヴズ)にも、自分の名前はなかった。
入団3年目でリーグ戦への出場は、昨季の東京サントリーサンゴリアス戦に途中出場しただけだ。
横浜キヤノンイーグルスの高木一成(かずなり/WTB・FB)は、淡々としている。
悔しいけれど、試合に出られないのが当たり前のようになっている。
現実を受け入れる。
しかし胸の内は「悔しい」。いつもざわつく。
試合外メンバーで成すチームを、イーグルスではライザーズと呼ぶ。
毎週、自分がその一員になったと決まれば、選ばれた23人の選手たちが勝利をつかむための準備を全力でサポートする。
相手チームのやってくることを練習で再現する。各局面で実戦以上のプレッシャーを与える。
高木は、「自分が(Aチームの)結果に影響をもたらすことができる活動」と考える。
だから、出場できない悔しさはあっても、チームの勝利は「100パーセント嬉しい」。
チームは今季ここまで、6勝2敗1分けと好調。4位につけている。
誰だってリーグワンの試合に出て、プレーでチームに貢献し、トップ4や優勝に貢献したい。
しかし高木の過ごしてきた日々は、思い描いていたものとは大きく違う。
ただ、「試合に出られていないから楽しくない、とはなりません」と言う。
ライザーズだってラグビーをしている。
チームだ。仲間もいる。だから、「ラグビーをできていることが楽しい」。
「試合メンバーに対して、高いクオリティーのラグビーをしています。それが成長につながると思っています」
単なる練習台と自嘲するなら、力は伸びない。イーグルスが試合で勝っても素直に喜べないだろう。
しかし高木は、自分だけでなく他のライザーズのメンバーも、いろんなストレスを抱えながら、周囲とつながっていると思っている。
慶大出身。自身の武器を、アタックとハイボールキャッチと言う。
そこを評価されてイーグルスに誘われた。
試合出場は少なくても、力は伸びている。
日常の練習の中で揉まれ、向上心を持ち続けてきたからだ。
「大学、高校からスキルには自信がありましたが、沢木さん(監督)がBK出身で、個人練習もプレッシャーの中でやる機会が多くなった。鍛えられて、より高まったと思います」
キックスキルも高い。防御裏へのチップキックが得意だ。
ハイボールキャッチの強さは、試合メンバーとの攻防の中でアピールしている。
こっちを見てくれ!
パフォーマンスに、メッセージを込める。
細かな積み重ねが実力アップと、試合出場のチャンスにつながると信じる。
すべては、いつ出場機会が巡ってきても対応できるようにするための準備だ。
急に出番が巡ってきても、「やれる」自信がある。
野球をしたくて受験を経て、慶應普通部(中学)に入った。
ラグビーは高校からだ。新しいスポーツをやろうと思っていたところ、同期で普通部ラグビー部主将だった田中優太郎から誘われた。
大学では4年生時にバックスリーのリーダーを務めるも、ケガに悩まされることも多かった。
4年間、試合に出場し続けたシーズンはない。
しかし、縁あってイーグルスでプレーを続けることができた。
ラグビーで誘いの声をかけてくれたのはキヤノンだけだった。
リクルート担当者の話を聞いた。コーチから聞いた話も心に響いた。
「この人たちと一緒にしたい。楽しいだろうな、と思いました」
高木には信念がある。
「(一般企業に)就職するにしても、業種でなく、この人と働きたいな、と思えることを大事にしようと考えていました。信頼できる人がいるなら、どんな仕事でもできる」
そう考える男だ。ラグビーは自分に「合っている」と話す。
「ラグビーは人と人でつながっているスポーツですから。人と人とのつながりが、人生や行動に意味を持たせてくれる」
チームメートとの時間が好きだ。
ラグビーについて話し、たわいない会話もする。
試合メンバーの思い。ライザーズメンバーの願い。
いろんなことがエナジーになっている。
昨年のサンゴリアス戦。ピッチに立ったのは5分ほどだった。
ディフェンスの時間が長かった。それでも手応えがあった。
2メートルを超えるLOハリー・ホッキングスを倒した。ワールドクラスのCTB、サム・ケレビも。
「やってきたスキルでタックルすれば倒せる、と確認できました」
ふたたび出番がまわってきたときの自分をイメージする。
「チームのために戦います。アタックは自信があるので、いつも通りに。ディフェンスではチームの代表としてタックルしたい。ブレイクダウンで自信を持って体を当てたい」
体重は、一時期より少し減らして82キロ。ライバルや対戦相手の体躯を見れば、もう少しゴツい方がいいのかもしれない。
しかし、「走り勝つ。体のキレで上回る。スキルで勝負したいと思うので」と、覚悟を決めて勝負を挑む。
日々の練習を100パーセント。
それは監督の求める姿勢であり、実践していることで、試合に出るためにやるべき最低限のことだ。
それが大前提の世界で競争の中にいると理解しているから、高木は一喜一憂することなくチャレンジを続ける。