日本ラグビー界が、SNSを賑わせている。
大物獲得のニュースについて、である。
今秋以降、オールブラックスことニュージーランド代表の看板選手が相次ぎ来日する。国内リーグワンのクラブへ散る。
もっとも、現場にいる人のほとんどは理解する。当該の選手が活躍することと、当該の選手の活躍を勝利に繋げることは違う話であることを。
では、勝つのに一番、必要な要素は何なのだろうか。
「それは、ふたつあって…」
こう切り出すのは、東芝ブレイブルーパス東京の森田佳寿コーディネーターだ。
現役時代は帝京大にいて、最終的に9まで伸びる大学選手権での連覇記録を3に更新した際の主将だ。引退したいまは、自らもプレーしたブレイブルーパスで攻撃の作戦を立てる。
前年度のリーグワン元年4強入りを支え、今季も7節までに12チーム中5位と上位を争う。革新的な布陣、球の動かし方で魅する森田が思う、勝負をする前提で必要な「ふたつ」のうちひとつ。それは、「明確」なビジョンと「準備」だという。
「チームとしてどう戦うのかが明確に見えていて、それに必要なトレーニングと準備を、チームとしてやっているかどうか。当たり前ですが、週末(試合)でのパフォーマンスはそこで作られる」
森田は、各節の対戦相手の映像を2週間前から見始める。
自軍の基本陣形を踏まえ、最適な攻め方を考える。ライバルの虚を突くべく新しい動きも必ず採り入れ、他のスタッフ、攻撃のリーダーとなる選手へと順に示す。適宜、微修正を施す。
このプロセスを経て創った好試合のひとつが、先の「府中ダービー」だろう。
中止したシーズンを除けば5季連続で2位以上の東京サントリーサンゴリアスから、4トライを奪った。
34-40と屈したが、好機に大胆に球を振るさまは痛快だった。
日本代表の顔であるリーチ マイケルのハードワークが、ニュージーランド代表だったセタ・タマニバルの個人技が、フィジアンのジョネ・ナイカブラのスピードが、局所的に光るのではなく組織に溶け合っていた。
勝ちたければ、意図して点を取りたければ「トレーニングと準備」がマストだ。その簡潔な結論に説得力が帯びる。
そして「もうひとつは…」と、話は続く。チーム作りを支える「ふたつ」のうちふたつめに、「愛着」を挙げた。
「きっと、色んなチームの、色んな選手にインタビューをされていると思うんですけど…。うちの選手、スタッフとも、このチームのことが、好きだと思います。愛着を持っている」
実際、どのチームの選手が自分のチームを一番「好き」なのかは証明できない。好意は数値化できないからだ。
ただし確かなのは、陣容に見合った、もしくはそれ以上の成果を出しているチームで、自分たちの組織に「愛着」を持たない人はそれほどいないと感じさせられる。
常時プレーオフに進むクラブには決まって、練習態度やチームファーストを誓う言動で仲間から尊敬される選手がいる。
付け加えれば、そこにいるプレーヤーがチームに「愛着」を持てるような仕掛け、対話、コーチングを、クラブが、マネジメントスタッフが、首脳陣が施している。
森田は、ブレイブルーパスの「準備」の質と選手たちの持つ「愛着」を繋げて話した。
「我々が週末にいいパフォーマンスができているのは、プランを明確にしたうえで、それを試合以上のプレッシャーのなかで準備しているからです。その意味では、1週間の練習で、残念ながらその週のゲームに出られない選手(試合出場組の相手役となる)のチームへのコミットメント、練習へのエフォートは、おそらく、間違いなく、うちが一番です。そこにはチームへの思い、ロイヤリティがある。人がやることなので、興味のないところにはそういうもの(個々の献身)は生まれないですから。そして、それがなければ、どんなにいい選手を揃えても勝てないです」
ブレイブルーパスは2015年度のトップリーグで準優勝してから、しばらく低迷した。
しかしトッド・ブラックアダーヘッドコーチが就任した2019年以降、徐々に風向きを変えた。
一時、苦しんできた学生選手のリクルーティングを改善し、全国上位の大学の主力を相次ぎ加えることができるようになった。リーチ、元ニュージーランド代表のマット・トッドといった練習熱心なレジェンドが、その若者たちの規範となったのも大きかった。
全体トレーニングの後に個人練習に没入する選手の数、姿勢は、森田によれば「7~8年前といまとでは違う」とのことだ。
クリアな方針のもと質の高い「準備」がなされていて、かつ選手の組織への「愛着」がにじむのは、件の「府中ダービー」を制したサンゴリアスも同じだ。こちらは「アグレッシブアタッキング」を部是とし、組織的に攻め続けるのに必要なスキル、運動量、献身性を全ての選手に求める。
各カテゴリーでトップ級の綺羅星を揃えて勝っているように思われがちだが、廃部した宗像サニックスブルースからテスト入団の宮崎達也はこう述べる。
「練習のやり合いで、全員が、勝とうとしている。目の前の相手に絶対に負けないという意識を強く感じる。激しさが違う。最初は、(これまで所属したチームとの)ギャップにびっくりしました。味方同士だと『流すところは、流す』となりがちなのですが…。たぶん、(その時に所属する選手が)有名どころばかりじゃなくても、外国人がいなくても、(一定水準までは)作り上げていけるチームだと思います」
さらにサンゴリアスは、昨年から小沼健太郎氏をプレイヤー・ディベロップメント・マネージャーとして招いている。
コーチングスタッフと距離を置いて選手の相談に乗る、心身の健康を重んじるニュージーランドのクラブで当たり前となっている役職だ。クラブ内での競争力を保ちながら、その空間を殺伐とさせないわけだ。
明確なビジョンと戦法があり、それを個々が信じ、愛していて、献身をいとわぬ空気があり、グラウンドを離れても居心地がよい。
何名かの証言を総合すると、大物獲得よりも必須のファクターはこのように言語化できよう。
裏を返せば、上記の項目を一切、満たさぬままあちこちから人材をかき集めても、安定的に結果を残す集団は作りづらいだろう。森田の言い回しに倣えば、ラグビーは「人がやること」。コンピューターゲームとは違う。
ブレイブルーパスは来季、シャノン・フリゼルとリッチー・モウンガという現役オールブラックスを迎える。2人に勝たせてもらおうとするのではなく、2人をブレイブルーパス色に染めて勝とうとするか。
サンゴリアスは、現時点では外国人選手の大幅な刷新はしない見込みだ。いままで戦力ありきで勝ってきたわけではないのを、よりわかりやすく証明したい。