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キューデンヴォルテクス山田章仁の生む「勢い」と「落ち着き」。

2023.02.16

ウォーターガッシュ戦でもよく声が出ていたキューデンヴォルテクスの山田章仁(撮影:松本かおり)


 後半22分に投じられた。自分の特色なら理解していた。

「勢いをつけるプレーができたらいいし、落ち着かせる場面は落ち着かせられたら」

 山田章仁。元日本代表の37歳は、今季から九州電力キューデンヴォルテクスに加わっていた。2月12日は神奈川・荻野運動公園陸上競技場で、リーグワン3部・第7節のメンバーに入った。

 2010年からの三洋電機(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)時代、3度のプレーオフMVP、2度の最多トライゲッターを受賞した。

 日本代表としては25キャップを獲得。2015年のワールドカップ・イングランド大会では、当時優勝2度の南アフリカ代表を倒し、サモア代表とのプールステージ3戦目では身体を回転させてタックラーをかわす通称「忍者トライ」を決めた。

 持ち前の走りで「勢い」を生むと同時に、豊富なキャリアを活かして味方を「落ち着かせる」のも目指す。

「いろいろな点差、時間帯を経験してきた。それを活かせるのが、すごく楽しいですね」

 この日、戦ったクリタウォーターガッシュ昭島には、粘りに粘られた。

 まだ0-0だった前半23分、ウォーターガッシュはラフプレーを犯した選手を一発退場で失っていた。キューデンヴォルテクスは、後半7分までに21点差をつけた。

 ところがその後は、ウォーターガッシュが徐々に巻き返した。防御、キックを主体とした試合運びで陣地を進め、17分までに21-12と迫った。

 山田が出番を得たのは、キューデンヴォルテクスが数的優位を活かしきれずにいたタイミングだった。

 果たして要所で「勢い」を生んだ。

 フィールドに立って間もなかった24分頃、敵陣22メートル線付近左中間で駆ける。

 ほんの少し外側へ膨らむようなコースを取り、球を得るや内側へ加速する。入れ違いのような形で防御網を破る。

 さらに1人目の追っ手を振り切り、2人目にはぶつかりながらも前傾姿勢を保つ。味方につなぐ。

 まもなくウォーターガッシュが反則を犯し、キューデンヴォルテクスはスクラムを起点に加点。26分までに28-12とした。

 続く28分にも躍った。

 まずはキューデンヴォルテクスが、自陣の深い位置から右タッチライン際を突破する。敵陣ゴール前まで迫り、左側へ展開する。

 そこに山田がいた。複数の防御に囲まれた味方走者の真後ろへ回り、パスをもらう。真横、斜め前方へと順にコースを取り、計3枚のタックラーを巻き込む。右大外にスペースを作り、28分、味方のフィニッシュを引き出した。33-12とした。

 当の本人は、悔やんでいた。本来なら防御の壁を破り、自分でトライを取るつもりだったという。

「ちょっと、仕掛けるのが速かったです。反省」

 流れを引き寄せるさなか、山田はキューデンヴォルテクスの「落ち着き」も取り戻した。

 プレーが途切れれば、隣同士になった同僚とマークする相手の確認を怠らない。

 スクラムの際は、自分の持ち場を離れて組み手のFWたちを励ましに行く。

「スクラムが負けちゃうと、ラグビーが負けちゃうので」

 NO8でこの日2トライのウォーカー・アレックス拓也は、山田がチームに加わった効果にこの「コミュニケーション」を挙げる。

「練習中から、口が動いていない時間はないんじゃないかというくらい。すごく参考になります」

 ノーサイド。33-26。キューデンヴォルテクスは今季5勝目を挙げた。

 クラブきっての有名人は「皆さん、3部にはなかなか目が行き届かないかもしれませんが…」と前置きし、いまいる舞台のリアルを語る。

「どこも力を入れて、いいラグビーをしているんです。日本のラグビーの層は、深くなりました。皆、いいプレーはできるので、あとは一貫性を持ってやれるかだけです。一貫性を持ってやれるチームが、勝てるチームです」

 ちなみにこの日はアウトサイドCTBに入った。本職のWTBよりひとつ中央寄りだ。「リザーブの機会も増える。(広範囲を)カバーできたら」と、首脳陣から提案された役目だ。

「プレーの幅を広げさせてもらいながら、チームの力になりたいなと」
 
 話をしたのは会場の「北門」付近。屋外に作られた即席の取材エリアで「ようこそ! 福岡へ」と冗談を交えて話した。

 昨年までに福岡のコカ・コーラレッドスパークス、宗像サニックスブルースが活動をやめており、いま九州からリーグワンに挑むのはキューデンヴォルテクスだけとなっている。

 近隣の鞘ヶ谷ラグビースクール、小倉高で育った山田は、チームメイトの「九州のラグビーのためにという思い」が想像以上に大きいと感じる。

 何よりキューデンヴォルテクスには、独自のタフさがあるという。

 社員選手はフルタイム勤務だ。FLの高井迪郎主将いわく、週に2回程度は「お昼に練習させてもらっている」ようだが、全体トレーニングは夕方以降からが原則である。

 ディビジョン1、2のクラブで見られる勤務時間の短縮はなく、「(練習が)オフの日には、ため込んだ仕事をやる」と高井。仕事の合間、帰宅後には「ホームワーク」と銘打ち、コーチ陣からもらったプレー映像をチェックする。

 山田は「皆には、頭が上がらないですね」と感銘を受ける。

 同僚の頑張りに敬意を表し、自身のケア、個人トレーニングは、社員選手がクラブハウスにいない間に済ませる。

「譲り合って、協力しているのが現状ですかね。この文化、大切にしたいです」

 ずっとプロとして活動するが、大企業がクラブを支えるこの国ならではの仕組みには、メリットもあると感じる。

「これは、日本独特の文化。リーグワンはプロリーグのような形になっていますが、(企業は)切っても切り離せない。大切にしていくべきだと思います」

 このほどウォーターガッシュを下し、3部で暫定首位を保つ。

 2月、2部の日野レッドドルフィンズが無期限の活動停止を決めた。もともと「上位3傑入りして入替戦に勝利」だったディビジョン2への昇格条件は、変わる可能性がある。

 渦中、山田は足元を見つめる。

 社会で何が起きようとも、自分たちにとっての本質を見誤らない。

「来年しっかり2部で戦って、1部との入替戦で勝てるようなチームにならないといけないと思っている。目先のことを考えず、しっかりしたチーム作りをしたいと思っています」
 
 26日にはホームの鹿児島・白波スタジアムで、現在2位のNTTドコモレッドハリケーンズ大阪を迎える。

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