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ベン・スミスの教え。先発定着へ、井関信介[コベルコ神戸スティーラーズ/WTB]

2023.02.15

天理高、天理大出身。高校日本代表、ジュニア・ジャパンの経歴を持つ(撮影:椛本結城)

 スティーラーズの盛り上げ隊長は、この日も大きな声を出し続けた。
 対するダイナボアーズのSOジェームス・シルコックに圧力をかけるためだ。

「10番を中心に戦ってくることは分かっていたので、とにかく声でプレッシャーをかけました。彼を抑えられれば必ずゲームの流れも傾くだろうと」

 2月5日。井関信介が2試合ぶりに先発に復帰した。14番でフル出場。カウンターアタックの起点として何度もぶち当たり、49-30の勝利に貢献した。チームは3試合続いた連敗を脱した。

「先発を外れてしまった週にトヨタとの練習試合があり、そこでしっかりパフォーマンスを出せた。今日もとにかくボールを持って、一番の強みであるボールキャリーでアピールしようと。前半から積極的にいけたと思います」

 1点差に詰められた直後の後半11分には、相手の反撃の芽を摘むトライをアシストする。右サイドを駆け抜け、WTB山下楽平につなげた。
「自分で(トライ)いきたかった」と悔しい表情を浮かべたが、「チャンスがあるところをしっかり見て、そこにボールを要求できた。それができたことが今日一番の収穫」と成長も感じられた。

 練習試合の前週におこなわれた東京サンゴリアス戦では、そのボールキャリーができなかった。FW同士の短いパスやFW・BK間の連携でミスが起こり、外側までボールが回らなかったことも原因のひとつではあったが、井関はあくまで自分にベクトルを向けていた。
「自分とは反対にボールが展開される中でも、右(14番側)でずっと待ってしまった。9番の横や10番の後ろに顔を出したり、運動量をもっと増やさなければいけませんでした」

 声を張り、動き回る役割は、グラウンド外にも及ぶ。
 コロナ禍で開催は難しくなったが、それまでチームの飲み会の仕切り役は必ず務めた。週始めにおこなう、チームビルディングを目的としたアイスブレイクゲームの企画、MCも担う。

 人前で話したり、場を盛り上げることは、昔から得意だった。「高校時代(天理高)は、先輩に言われて寮で毎日、一発芸をさせられていた。たぶんそこで鍛えられました」と笑う。

 そうしたチームへの貢献度を称えられ、今季、チームからマイクとスピーカーがプレゼントされた。
 広報の近藤洋至さんが嬉しそうに話す。
「これまでは拡声器でMCをしていたけど、それだと彼の良さが出ないということで、井関専用のマイクセットを買いました。でも渡した初日に全然違う使い方をしていて…。そのマイクを使って、ロッカールームで歌っていた(笑)。そういうやつなんです」

 愛されキャラの27歳が、グラウンド内でも輝きを放ち始めたのはリーグワン初年度の昨季から。キャリアハイの12試合に出場し、先発こそ3試合だったが、23番をつけた短いプレータイムで、たびたびビッグゲインを決めていた。
 そして今季は加入5年目にして、初の開幕スタメン入り。ここまで(第7節時点)6試合に出場、うち5試合に先発とステップアップを続けている。

 しかし、チームが始動した当初はなかなか調子が上がらず苦しんだ。「原因は分かりませんが無意識に逃げのキャリー、逃げのパスをしていて、細かいミスからどんどん自信を失っていました」

 窮地を救ったのは、「ベン・スミスの教え」だった。昨季まで神戸に在籍していた元オールブラックスの名プレイヤー。スミスは加入した2020年に、チームに対してプランニングの大切さを落とし込んだという。
「週末の試合で良いパフォーマンスをするためにどうすればいいのか、ラグビー選手として成長するためにしなければいけないことはなにか。それは1日1日のスケジュールをしっかりと組み立てること、それを繰り返し続けることだと」

 井関は不調に悩んだ時、この教えに立ち返った。
「それまでは形だけやってるような感じ。しっかりと振り返りもできていなかった。あらためて力を注いで取り組んでみようと」

 プランニングはまず、その週の目標を立てることから始まる。それからその目標を達成するために、なにをいつやるのか、1日のスケジュールを自宅にある専用のホワイトボードに書き込んだ。かなり詳細に決めていくという。
「ラグビーのことだけではなくて、何時に起きて、何時にご飯を食べて、何時にストレッチする、何時にお風呂に入るとか、やること全部を書きます。そして夜になったら次の日のスケジュールに書き換える。これを毎日繰り返すんです」

 無駄のない毎日を過ごしたことで、いつしかトンネルを抜け出せた。
 先発での出場を重ねられるようになったいま、次なる目標を定める。
「チームから信頼される選手になりたいです。あいつが試合に出ると安心する、あいつにボールを回せばトライを取ってくれると思ってもらえるように成長したいと思っています」

 ホワイトボードがまたやることリストで埋まっていく。