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【車いすラグビー日本代表】 パラリンピック予選前最後の大会で優勝。精度を極め、パリへの切符をつかむ!

2023.02.09

ランに磨きがかかった急成長中のミッドポインター中町俊耶。(写真/増田恵)



「パリパラリンピックの出場権獲得」
 これが、車いすラグビー日本代表の今年最大の目標だ。

 東京パラリンピックで銅メダルに終わり悔し涙を流したあの日から、パリで頂点に立つための新たな戦いが始まった。
 パラリンピック前年となる今年は各大陸で予選がおこなわれ、日本にとっては、6月29日〜7月2日に東京体育館(東京・千駄ヶ谷)で開催される「2023 ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ(以下、AOC)」が実質的なパラリンピック予選となる。

 東京パラリンピック時には、開催国枠の日本を含め、アジア・オセアニアに「3枠」が与えられた。しかしその後のルール変更により、今回のパリ大会予選でアジア・オセアニアゾーンに与えられたのは、わずか「1枠」。
 同地域では日本とオーストラリアの2強という構図が続いており、1枚の切符をかけたデッドヒートが繰り広げられることは想像に難くない。

 決戦を4か月後に控えるなか、AOC前最後の貴重な実戦の場となったのが、2月2日〜5日に千葉で開催された「2023ジャパンパラ車いすラグビー競技大会」だ。

 国際親善大会である同大会には、昨年の世界選手権で金メダルを奪還したオーストラリア(世界ランキング2位 ※2022年10月17日現在)、銀メダルのアメリカ(同1位)、銅メダルの日本(同4位)、そしてパリパラリンピック開催国であるフランス(同5位)の4か国が出場しておこなわれた。

 今大会で日本代表がテーマに掲げたのは、「精度を〝極める〟」。
どんな相手に対しても最高水準のラグビーをすることを目指し、自分たちがやっていることを「極める」という共通認識を持って試合に臨んだ。

AUSクリス・ボンドをチェアワークでかわしてトライを奪う池崎大輔。(写真/増田恵)
パラリンピック出場権獲得に向けて心をひとつにする車いすラグビー日本代表。(写真/増田恵)
高いディフェンス力が強みの乗松ブラザーズ。左が兄・隆由、右が弟・聖矢。(写真/増田恵)

 開幕戦となったフランスとの初戦では、スタートに「バランスライン」と呼ばれるラインアップを起用した。

「バランスライン」は、障がいの重いローポインター、比較的軽いハイポインター、その中間にあたるミッドポインターをバランスよく組み合わせるもので、カギを握るのがミッドポインターだ(記事最後の『★「クラス分け」と「持ち点制度」について』参照)。

 日本代表キャプテンの池透暢は「バランスラインの成長が日本の底上げにつながる」と話しており、これまで、ハイポインター2人とローポインター2人による「ハイローライン」を強みとしてきた日本の新たな武器として積極的な強化を図っている。

 試合中に何度でも選手交代をできる車いすラグビーにとっては、ラインアップのバリエーションが戦略にも直結する。そのため非常に重要な要素となっている。

 そこへの取り組みを印象づけたのが、昨年10月の世界選手権だ。東京パラリンピックで日本がコートに出したラインアップの数(パターン)は全試合で12だった。世界選手権では22通りのラインアップで戦い、そのうちの実に13のラインアップがバランスラインであった。

 今大会では、中町俊耶、壁谷知茂の2名のミッドポインターがメンバー入りした。壁谷は頭脳派プレーヤーでどんなラインにもフィットさせる対応力がある。

「試合で緊張したことがない」と語るように肝のすわった安定感も持ち備える。
 さらに、試合の状況や相手の情報をコート内の選手に伝える『ベンチワーク』も光る。

 一方の中町は、野球の経験からボールのリリースまで意識したパスに定評があり、走り込みを増やしたことでランにも磨きがかかった。
 日本のミッドポインターといえば、リオと東京のパラリンピック2大会に出場した羽賀理之の存在が大きい。中町は少ないプレータイムで、しっかり結果を残すことだけを考えてプレーしていたという。

「今年はその座を奪い取るくらいの強い気持ちで臨み、パリの出場権をしっかり獲りにいきたい」と中町。
 クラブチームではキャプテンを務め、ゲームメークの役割を担っていることが日本代表戦においてもプラスになっている。

 今大会では、いち早くスタートを切って、池からのロングパスを受け取りトライするシーンや、逆に橋本勝也へのロングパスでトライをアシストするプレーで存在感を示した。

 池−中町に、乗松隆由(兄)、乗松聖矢(弟)の乗松ブラザーズが加わる新たな「バランスライン」が登場し会場を沸かせた。
 ここ最近の代表戦では、『次はどんなラインアップが登場するのか』という、ワクワク感すら抱かせるほどのチャレンジが見られる。

 さらには戦えるラインアップが増えたことで、選手をぐるぐる交代させる「ローテーション」が可能となった。
 相手が対応する前に4人全員を入れ替えたり、相手の特徴に合わせて対抗するラインアップを送り込む。ゲーム性の高い、見る者を飽きさせない試合運びにも心を引き付けられる。

 ラインナップの成長には、もちろん「個」のレベルアップも欠かせない。
 今大会では、ベンチから「チェア!チェア!」という掛け声が頻繁にあがった。細かい車いす操作にまでこだわり、「精度を極めよう」とお互いを意識づけた。

 例えば、ディフェンスとしての役割が大きいローポインターの倉橋香衣は、力負けしないよう相手のタイヤの部分にバンパーを当て押さえつける。そのために「チェアポジション」を意識している。試合ではオーストラリアの屈強なクリス・ボンドを倉橋が止めてみせた。

 また、タックルに行くことが多いハイポインターの橋本勝也は、相手がパスを出すタイミングで、(相手の)車いすの正面ではなく少し横に当てて回転させる。
 パスをずらすことを意識しているという。

 車いす操作以外にも、キャプテンの池が相手の呼吸や間合いを読みながら、ラグビーでいう「チャージ」のようなプレッシャーを与えてパスをカットし、ターンオーバーからのトライにつなげるシーンが印象的だった。

 池によると、相手のパスレンジや、パスターゲットに応じたパスコースの特徴もすべて頭に入っていると言う。相手の体の向きだけではなく、パスを出す直前に見た「目」の動きから、寄るのか寄らないのか、リスクの優先順位を考えたポジショニングをとっているという。

 研究熱心な池の勤勉さと、職人のような「極める」プレーが、想像を超えるプレーを可能にした。

 個々のプレーの精度、ラインアップごとの精度が高まったことで、チーム力のアップにもつながった。
 日本は予選ラウンドから決勝戦までの7戦全勝で完全優勝を果たし、AOCに向け弾みをつけた。

 日本のエースのひとり、池崎大輔は、「自分たちのプレーをしっかりした結果が優勝につながり、自信へとつながった」と喜びを語りながら気を引き締めた。

「自分たちには世界一を獲る力がある、ただ一方で、細かい修正点にも気づかされた大会でもあった。車いすの向きやハードワークするメンタルにもこだわり、パリパラリンピックの出場権獲得に照準を合わせ、チーム一丸となってやっていきたい」

 パラリンピック予選まで、あと4か月。応援が、大きな力になる。
 ホームで迎える「2023 ワールド車いすラグビー アジア・オセアニア チャンピオンシップ」(6月29日〜7月2日・東京体育館)で、日本がパリパラリンピック出場権を獲得する瞬間を、ぜひ会場で目撃してほしい。

職人のような池透暢。「極める」プレーが光った。(写真/増田恵)

★「クラス分け」と「持ち点制度」について
□車いすラグビーでは選手一人ひとりに「持ち点」が与えられ、障がいの程度や体幹等の機能により7つのクラス(0.5〜3.5までの0.5刻み)に分かれている。
□数字が小さいほど障がいが重いことを意味し、class0.5〜1.5の選手はローポインター、2.0と2.5はミッドポインター、3.0と3.5はハイポインターと呼ばれる。
□コート上4選手の持ち点の合計は8.0以内と定められているため、例えば、障がいの比較的軽い選手だけで組むということができないルールとなっている。
□女性選手一名につき、持ち点の合計に0.5の加算が認められており、近年のトレンドとして、いかにこの“アドバンテージ”を戦略に生かすかということに各国が積極的に取り組んでいる。