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【ラグリパWest】勝利の女神。早坂美伶 [仙台高等専門学校・名取キャンパス/フッカー]

2023.01.16

仙台高等専門学校・名取キャンパスで唯一の女子ラグビー部員である1年生の早坂美伶。自身初の優勝に「うれしい」とその喜びを表現した



 名は美伶。みれい。桐谷美玲と同じだ。「れい」の漢字は違うけど。

 こちらの早坂美伶はラグビーの選手である。仙台高等専門学校の名取キャンパスで初の女子プレーヤーになった。あちらの女優はマネージャーだった。

 美伶は日本一になった。名取キャンパスはこの年始、53回目の全国大会で最多となる15回目の優勝を飾った。1年生の美伶はゴールキック時のキックティーを担当する。

「優勝できてうれしいです。練習では『日本一』というフレーズが何回も出て来ました。先輩方は有言実行。すごいなあ、と思います」

 美伶は入学後にラグビーを始めた。じき1年になる。
「新しいことを始めたかったのです。本気でスポーツをやりたかったこともあります」
 ふっくらとした顔がくしゃっとなる。目はたれて、細くなる。福々しさが広がる。

「1年生の選手は9人が入ってくれましたが、彼女が一番、ラグビー選手らしいです。強いクラブでやりたい、と来てくれました」

 ラグビー部監督の柴田尚都の評価は高い。柴田は保健・体育の教授でもある。大阪・長野北高(現・長野)や仙台大などでスクラムハーフだった。

 美伶は練習がない週末には宮城女子ラグビークラブ「DIANATE」(ディアネイト)にも参加する。楕円球への探求心は強い。

 高等専門学校の通称は「高専」。中学卒業後、5年間で理系の専門分野の学びを進める。技術者として一流企業への就職、あるいは国公立大への3年次編入など、人気、偏差値ともに高い。美伶は「リケジョ」でもある。

 この高専はキャンパスが2つある。仙台市街地の南にある名取と西にある広瀬。美伶のいる名取の祖は宮城工専。その創部は1968年(昭和43)。美伶は部ができて、55年目にして初の女子選手になった。学校創立はその5年前にさかのぼる。

 広瀬にもラグビー部はある。前回の全国大会に初出場した。その祖は仙台電波。2校は14年前に統合され、仙台高専となった。2キャンパス制はその名残だ。名取の専門は電気や材料系。広瀬のそれは情報や電子系。昔からの強みを引き継いでいる。

 美伶はラグビーのよさを口にする。
「15人でやるスポーツなので、その全員がまとまらないと勝てません。先輩、後輩に関係なくみんなで頑張る。そこがいいですね」

 この世界には抵抗なく入ってこれた。小中とバスケットボールをやった。
「体は小さいけど、センターをやっていました。飛ばされるのは慣れています。体を張ってやってきたつもりです」
 身長は153センチ。偶発的な衝突、ラグビー的に軽いコンタクトはよくあることだった。

 ラグビーではスクラムのセンター、フッカーになった。美伶が属するFW第一列には尊敬する先輩がいる。3学年上のプロップ、相庭啓佑である。

「相庭さんは憧れです。私たち1年生一人ひとりにきちんと向き合ってくれて、平等に接してくれます。プレーしている時もキャプテンじゃないけど、色々なことを気にかけてくれます。格好いいなあ、と思います」

 相庭を含め、上級生は19人いる。
「先輩たちは入部を歓迎してくれました」
 平日の練習は午後4時から2時間ほど。勉強優先のため、練習時間は潤沢にはとれない。入学時のスポーツ推薦もない。

 美伶の高専進学は海外の建築に興味を持ったからである。
「シドニーのオペラハウスです。キレイだな、って思いました」
 白い半円が重なった曲線美。先端は尖る。そのコントラスト。周囲は青い海が広がる。

 そういう世界的な建築に関わりたい。
「調べてみたら、海外とのつながりは、大学より高専の方が強い印象を持ちました」
 名取には建築デザインのコースがあり、専門的な学びがより早くできる。

 オペラハウスはラグビー強豪国のオーストラリアにある。この国の世界ランクは日本より4つ上の6位。その建物から入って、競技に行きつく。偶然とは思えない。

 名取のラグビー部は神戸市立、奈良と並び、高専界では「ご三家」と言われる。全国大会のV15はもちろん、44〜47回大会までは最長の4連覇を達成した。神戸市立の優勝回数は名取に次ぐ10。奈良は優勝こそ5と少ないが、名取のあと49〜52回大会で同じ4連覇を記録する。

 この年始の全国大会で、名取は5連覇を狙う奈良を15−14で振り切る。次戦の準決勝では神戸市立に19−7。ご三家2つを破った勢いで、1月9日の決勝戦は津山を38−5の大差で降した。NO8主将の水野龍星ら最上級生の5年生8人、大学2年相当のパワーと経験がものを言った形になった。

 美伶が入学して、名取は6年ぶりに全国大会を制した。その存在を「勝利の女神」としても、差しさわりはないだろう。この女神は残りの4年間、自分の腕を磨きながら、この名取を盛り上げてゆく。


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