まだ広くは知られていないとびきりの原石が、まばゆいほどの光を放つ瞬間に立ち会う。スポーツ記者の最上の喜びのひとつといえるだろう。
個人的に忘れられないのは2008年の1月2日、花園第2グラウンドで見た当時中学3年生の松島幸太朗の躍動だ。全国ジュニア大会準決勝、東京都スクール選抜のFBとして、圧倒的戦力を誇る大阪府中学校選抜の防御網を文字通り切り裂いた。ブカブカの短パン姿ではずむように駆ける走りの記憶は、今も鮮明に残っている。
2010年6月6日の関東高校大会、栃木県総合運動公園で隣のグラウンド越しに目撃した深谷高校1年生の山沢拓也の衝撃の100メートル独走トライの光景もよく覚えている。体の軸がまったくブレず、ステップを切っているのにまるでスピードが落ちない。試合後、関係者に「本格的にラグビーを始めて2か月」と聞いて、思わず「天才発見!」と胸がときめいた。
そしてこの12月。ひとりの大学1年生のプレーに心を奪われた。花園ラグビー場で行われた大学選手権3回戦。関西3位の同志社大学に挑んだ九州代表の福岡工業大学の背番号12、時任凜空(ときとう・りく)の才気あふれるパフォーマンスは、まさに際立っていた。
開始6分、ラインアウト起点の右展開で相手ディフェンスに接近しながら絶妙の位置へキックを転がし、いきなりあわやトライというシーンを作る。続く18分、糸を引くような鋭く美しい軌道のカットパスでWTB早田優生のビッグゲインを引き出すと、25分には長身の懐の深さを生かしたオフロードでCTB米村龍雅のラインブレイクをお膳立て。60メートル以上の飛距離を誇る滞空時間の長いロングキックでも、場内をどよめかせた。
全国レベルの強度とスピードに慣れてきた後半は、さらにいかんなく実力を発揮する。
何より非凡さを感じさせたのは、早いテンポの流れの中で瞬時に状況を把握する「眼」の力だ。見つけたスペースを攻略するパスやキック、ランニングのスキルのクオリティも高い。普通の選手より一拍長くボールを持てるぶん、味方レシーバーが抜ける「間」をこしらえることもできる。キックオフからわずか数分で生まれた驚きは、やがて感心へと変わり、最後は興奮にまで達した。
まだこんな逸材が隠れていたとは――と、いうのはどうやらこちらの勝手な思い込みで、九州ではとっくに知る人ぞ知る存在だったらしい。関東関西の強豪校に比べ厳しいリクルート環境にあって数々の好選手を育ててきた目利き、福岡工業大学の宮浦成敏監督は、「彼が高校1年生の時からずっと声をかけてきた」のだという。コロナ禍でユース代表の活動がことごとく中止になり、情報を得る機会がほぼなかったとはいえ、おのれの不明を恥じるほかない。
あらためて大会プログラム等で時任のキャリアをチェックすると、鹿児島県の霧島ジュニアラグビークラブで小学校1年生の時にラグビーを始め、中学時代はライジングサン鹿児島でプレー。高校は鹿児島市街から車で40分ほどの距離にある姶良市の加治木工業に進み、3年時はキャプテンを務めた。
ちなみに加治木工業はこの冬、44大会ぶりに花園出場を果たしている。時任が在籍していた昨年は予選決勝で敗退。仮に1年ずれて聖地の芝に立っていたら、数々の有名大学から熱烈な勧誘の声がかかったはずだ。
身長183センチ、体重88キロの手足がすらりと伸びたシルエット。天才型のプレースタイルに見えて、体に芯の強さがあるのもいい。一度、同志社の剛力PR山本敦輝に真正面からコンタクトする機会があり、最終的には複数で抱えられてタッチへ出されたが、ヒットでは当たり負けなかった。
まだ1試合を見ただけだ。厳しいハイプレッシャーの戦いでどれだけ持ち味を発揮できるかは未知数。ただ、一刻も早くそのステージでプレーしてほしいと思わせるポテンシャルを秘めていることに疑いはない。現時点で完成度が高いのに、まだまだ伸びる余地が広大に残されているとも感じさせる。いまやすべてのリーグワンクラブのリクルーターのノートには、「フッコーダイのトキトウリク」の文字が記されているだろう。
と、ここまで書いて、思考は別の方向へと飛躍する。福岡工業大学は今季、所属する九州学生リーグAのリーグ戦の成績は4勝1敗で、勝敗数は九州共立大学、福岡大学と同じだった。順位決定戦のスコアは鹿児島大学との準決勝が34-24、九州共立大学との決勝は26-19。実際、宮浦監督も「ウチが圧倒的に勝ったわけではなく、力はほとんど変わらない」と話す。
振り返れば中国地区大学リーグ1位で選手権初出場を果たしたIPU環太平洋大学と対戦した2回戦も31-25の接戦だった。そのIPU環太平洋大学は、東海・北陸・中国・四国代表決定戦で東海学生リーグ1位の朝日大学に30-28と苦しんでいる。そう考えると、普段スポットライトが当たることの少ない地域リーグに、第2、第3の時任凜空が存在していてもなんら不思議はない。
宮浦監督はいう。
「地域リーグにもいいチーム、いい選手はたくさんいます。こういう機会(大学選手権)に活躍して注目されることで、地元の高校生に『あそこでラグビーをやりたい』と思ってもらい、各チームのレベルが上がってリーグがより盛り上がる――といういい循環を作り出したい。それは、日本全体にとっても大事なことだと思います」
12月、1月はラグビーのクライマックスシーズンだ。大学選手権や花園に加え、全国地区対抗大学大会や全国高専大会、中学生の選抜チームによって争われる全国ジュニア大会だってある。もちろんリーグワンも。そこではきっと、多くの知られざる好チームや大器が跳躍のタイミングに備えているはずだ。
さあ、スタジアムへ。新星誕生の瞬間を目撃しに行こう。