ラグビーリパブリック

【コラム】大敗をめぐる私見

2022.11.17

11月12日、イングランド戦での長谷川慎コーチ(Photo/Getty Images)

 愚者ほど結論を急ぐ。

 いまの道を志した成城大学の学生時代、高田馬場にある資格試験学校の開く「スポーツライター講座」で講師の同業者が伝えてくれた。

 業界への横滑りが叶って16年。取材対象者について何らかの断言をする前には、ひとまず立ち止まらねばならないと年を重ねるほどに思う(資格や免許のいらない仕事のいろはを教える「講座」が資格試験学校で開かれていた矛盾は、この際、問わない)。

 愚者ほど結論を急ぐ。

 言い換えれば、何も知らない時に限って何かを発したくなる。

 厄介なのは、ここでの何かを発したくなる人は、往々にして自分が何も知らないことを知らない。目に見える現象が目に見えない、もしくは見えづらい事象によって成り立っているスポーツの試合について書いたり、語ったりする際、陥りがちな状況ともとれる。

 ラグビー日本代表は、10月29日にニュージーランド代表とぶつかる前に「JAPAN XV」として対オーストラリアA・3連戦に臨んだ。そのうちの試合のひとつで、日本代表のある選手がタックルをたくさん決め、それが取材エリアで話題となることがあった。

 ところがタックルをした当の本人は、「(相手ランナーが目の前に来たら)来たら(タックルに)行くという感じ。本来なら正しい選手をそこに配置して、僕は(タックルに)行かないのが一番」。防御システムの役割分担上、自分が最前線に立ってタックルするのは不正解だというのだ。

 いまの日本代表では、元イングランド代表のジョン・ミッチェル アシスタントコーチが防御を担当。タックルを放つべき選手が早めに所定の位置に並び立ち、パスをもらう相手から見て外側、内側のコースを抑える計2選手が鋭く間合いを詰めるよう意識づけているような。

 そしてラグビーにおいて、防御ラインに入るべきポジション、なるたけ別な役目に回るべきポジションがあるのは明白である。

 いずれにせよ、見かけ上の「グッドプレー」がシステムの未発達ぶりの証左となることもある。

 逆も真なり。一見すると個人の「バッドプレー」に映るシーンも、当該者の落ち度を問う以前に考えるべき項目がある。

 10月29日のニュージーランド代表戦を31―38で終えた日本代表は、11月12日、敵地トゥイッケナムでイングランド代表に13―52で完敗した。

 競技力の根幹をなすぶつかり合いで後退を余儀なくされ、陣取り合戦においては空中戦で競り負けたり、スペースに首尾よく球を蹴り込まれたりと、目に見える現象では圧倒されたと言える。

 筆者は現地時間11月17日に欧州入り予定だ。すなわちジャパンのリアルタイムな情報は、本稿読者と同じ程度しか持ち合わせていない。ただし、2016年秋発足の現体制への継続的なカバーをもとに、現象の背景を考えることならできる。

 一例にスクラムを挙げる。トゥイッケナムでは大きく押し込まれることもあり、一部の愛好家は責任の所在を最前列の選手に求めているようだ。ただきっと、話はそう単純ではない。

 日本代表は長谷川慎アシスタントコーチのもと、「力を漏らさないスクラム」を目指す。互いが密着しながら芝へ噛ませるポイントの本数、各人の膝の角度などを厳密に定める。2019年のワールドカップ日本大会でアイルランド代表に組み勝ったのも、その形を遂行しきったからだ。

 その日本大会の直前期、長谷川は低い位置で「力を漏らさない」ための仕組みについて語っている。「3番」は最前列の右プロップを、「6番」は「3番」の後方で組むフランカー(実際には7番の場合もあり)を指す。

「例えば3番(最前列の右プロップ)が押されるのって、6番が悪かったりする。そういう細かいところまで皆が理解しないと、なかなかいいスクラムが組めない。(選手とは)常にそういう話をしながら、何か問題が起きたらそこ(原点)に立ち戻る。そういう3年間を過ごしてきました」

 あれから時間が経ち、細かな手順や留意点には微修正が施されていよう。ただ、各人が役目を果たすことで初めて「力を漏らさないスクラム」を成立させられるという構図はいまも変わらない。

 トゥイッケナムスタジアムでは最初の2本で、右プロップの具智元の側が実際はどうであれ「故意に崩した」と判定された。

 それを修正して臨んだ前半19分頃の4本目では、最前列と同時に後ろの5選手が足場をぐらつかせ、最終的に左プロップの稲垣啓太、フッカーの坂手淳史のつながりが裂け、押し込まれた。具の後ろについていたフランカーの姫野和樹は、早々に塊から離れていたようにも見えた。共同作業としてのスクラムの難しさを如実に表していた。

 長谷川は今回のツアーを前にも取材に応じてくれ、今回とは全く別な文脈でこのようにも話していた。

 あくまで、今後を前向き展望する主旨で。

「ラグビーはスクラムだけじゃない。ラインアウト、アタックなど、色々なことをやらなくちゃいけない。そんななかいい選手、経験のある選手は、ひとつひとつを全て整理して、その局面、局面で全部を間違いなくやれる。ただ経験の浅い選手には、頭がパニックになって試合中にうまくいかないこともあると思います。でも、それはやってみない(経験を積まないと)とわからない」

 この日、最前列を真後ろから支える両ロックのワーナー・ディアンズ、ジャック・コーネルセンは、昨年初めて代表入り。2人揃ってレギュラーに定着したのは今度のシリーズからと言っていい。約8万人の大観衆のもとで、様々にある約束事のうちのひとつのスクラムの組み方にどこまで繊細にフォーカスできていたかは、未知数である。

 さらに、筋力トレーニングでは養えないスクラムにおけるフィジカリティの強化は、ある程度メンバーを固定する来年になって引き上げるつもりだと長谷川は話す。そう。全ての国が「本番」と表す4年に1度のワールドカップは、約1年後にある。

 イングランド代表戦で日本代表のスクラムがよかったのは後半15分頃。相手ボールの1本を組み合うや、スクラムハーフの齋藤直人の「ステイ! ステイ!」の掛け声のもと、じりじりと前に出る。序盤、笛に泣いていたはずの具のサイドから、せり上がる。

 その後ろについていたのは、途中出場していたフランカーのピーター・ラブスカフニ。左隣に当たるロックのコーネルセン、左斜め前方にあたる具と密着しながら、背筋を伸ばし、膝の角度を一歩ずつ相手側に近づけていた。

ラブスカフニが塊から頭を外す頃には、イングランド代表の塊が崩壊していた。日本代表がペナルティーキックを得た。

 この時の日本代表がイングランド代表を押し込めた本当の理由は、組んだ当事者たちに聞かなければわからない。ただ、あの1本の裏側に確たるからくりがあること、現段階でも「力を漏らさないスクラム」を遂行すれば強豪国に対抗できたことは確かだ。

 日本代表がワールドカップで8強入りを果たしたのは、自国開催の2019年が初。長年、保たれてきた世界の勢力図を塗り替えるには、ここからが勝負という段階ではないか。

 事実、ジェイミー・ジョセフ率いる日本代表は今秋のツアーを「ベースキャンプ」と位置づける。日本大会時から人員の入れ替わった組織へ、あるべき職業倫理、理想のプレースタイルを落とし込む。次回のフランス大会で、大輪の花を咲かせるためだ。

 ターゲットから逆算して段階を踏むプロジェクトの性質上、決戦で繰り出すサインプレーの構築、担当レフリーの分析といった領域はこれから着手すると見てよさそう。強化から勝負に舵を切ってのメンバー選考もまた。

 その意味で今度の惨敗は、出ていた選手が悔しがることはあっても、事情を知ろうとしない部外者が嘆く事案ではない。

 本稿が世に出る頃、筆者は、日本代表が次に戦うフランスの地にいるはずだ。

 ウイルス禍の収まらぬなか渡航する背景には、来年のワールドカップ開催国であるフランスを下見する必要性、両国代表のパフォーマンスを現場で体感したいという本能、結論を急ぐ愚者になるまいというあがきがある。

 例えばワールドカップでぶつかるイングランド代表、アルゼンチン代表が得意とするハイボールの競り合いについてどんな所感を持っているか、どう向上させるかについては、本気で戦っている選手やコーチたちに直接、聞くほかない。