移動の際は、名札に「近藤さん(江良)」と書かれたキャリーケースを使う。3学年上の大好きな先輩で、現・中部電力の近藤芽吹から譲り受けた。
帝京大ラグビー部3年の江良颯はほほ笑む。
「仲良くさせてもらって。はい」
穏やかに目を細める青年は、芝に立てば恐ろしさが増す。
身長171センチ、体重105キロのたくましい体躯で、相手に躊躇なくぶつかる。攻めては球を持って人垣を突き破り、守っては走者をひっくり返す。
大阪桐蔭高2年時に全国優勝を果たし、大学でも1年時からレギュラーを獲得。昨季は冬の大学選手権で、クラブ史上10度目の頂点に立つ。今季は序盤こそコンディション不良のため戦列を離れたが、勝負どころでは重宝される。
10月2日、東京・江戸川区陸上競技場。筑波大戦との関東大学対抗戦A・第3週は、ベンチスタートで迎える。
いわば有事のピンチヒッターとして前半を過ごすなか、「自分、出るやろうな」。というのも、チームはミスで流れをつかめず、12-17とリードされてハーフタイムを迎えそうだった。
後半開始から投じられると察し、前半が終わらぬうちにトレーナーに声をかける。ウォーミングアップを始めると伝える。
「出るかもしれないんで、走っていいですかと」
予感は当たった。「後半0分」から持ち場のHOへ投じられ、8対8で組み合うスクラムを最前列中央でリードする。
後半6分の1本こそ塊を崩す反則で失点を許すも、「相手の形がわかった。ここから修正して、低く、自分たちのスクラムを組もうと」。その後は首尾よくチームの塊を束ね、徐々にペースを取り戻す。
相手のキック戦略を見越して自陣からボールキープを意識したのもあり、最後は45-20で開幕3連勝を果たした。
「(途中出場への)準備、できていてよかったです」
新たなライバルにも刺激を受ける。同じ対抗戦で王座を争う早大では、今年度から2年の佐藤健次がHOに挑む。
強靭さと器用さを兼備し、桐蔭学園高では主将として全国大会2連覇。もともとHOの2列後ろにあたるNO8でプレーも、身長177センチ、体重109キロのサイズで世界へ挑む最善手としてコンバートを決めた。
スクラムのリード、空中戦のラインアウトでのボール投入役といった専門スキルを学びながら、従来通りに持ち前の資質を活かす。明朗快活で華もある。
「注目されていることで気負っちゃうタイプでもないので。自分も、周りに評価していただいてもあまり気にせず、一貫性を持ったプレーをしようと心掛けています」
大学卒業後も飛躍し続けたい江良としては、たとえ他校であっても自分の職場に新たな逸材が名乗りを挙げたことには無関係でいられまい。高校時代から全国の舞台でしのぎを削ってきた綺羅星に、ライバル意識を燃やす。
「高校時代から対戦していて、本当にいい選手だと思っています。スキルフルですし、身体の強さもあります。よきライバルとしてこの対抗戦を引っ張っていければとは思うんですけど、負けられないというか、負けてはいけない相手だと思っています。HOとしての自分のプライド、というか…。絶対、負けないでやろう、という意識でいます」
直接対決の機会が訪れた。11月6日、埼玉・熊谷ラグビー場での対抗戦第6週だ。早大との全勝対決で、江良は先発の2番をつける。
際立ったのは、敵陣22メートルエリアに入ってからの出現率だ。
先制する前半4分までの計10フェーズにあって、この人が球を得たのは4回。防御をひきつけてパスを放ったり、フットワークで相手をかわしながら前に出たり。
ゴール前まで迫ると、右端の接点からのパスへ右中間から勢いよく駆け込む。境界線を破る。3人の相手を巻き込む。
かくして左中間には大きなスペースができ、その位置で待つ4年生CTBの二村莞司がほぼノーマークでラストパスをもらえた。SOの高本幹也副将のコンバージョンと相まって、7-0とした。
勢いに乗るなか、視界に入ったのはやはり好敵手の姿だ。
「(佐藤は)本当にいい選手で、試合前からこう…HOの意地で絶対に負けられないと思っていたので。やっぱり、どの場面でも、見てしまう部分がありました」
直接のマッチアップが見られたのは前半25分。敵陣22メートル左のラインアウトから、4つの縦突進で勢いをつけて迎えた5フェーズ目だ。
同ゴール前右でFLの奥井章仁がパスを浮かせると、このシーンで2度目のボールタッチとなった江良が捕球し、突っ込む。2人目のタックラーは佐藤。江良が当たり勝った。まもなく14-0と加点した。
「いやぁ…。誰が相手でも、本当にいい選手に勝負できたのは嬉しく思います。帝京大の2番として、いろんな場面で勝ててよかったです」
見せ場のスクラムでもほぼ優勢だった。14-7で迎えた前半終了間際には、敵陣10メートル線左中間の1本で反則を誘う。そのまま敵陣ゴール前左に入り、ラインアウトから継続して二村の2トライ目などで21-7と差をつけた。
「相手がどうしてくるかに関係なく、帝京大のスクラムを組み続ける。その意識です。ひとりひとりのやるべきことが明確になってきたおかげで、このようなスクラムになっていると思います」
終始、早大のしぶとい防御も際立ったが、対する帝京大も度重なるピンチを防いだ。
何より江良らFW陣の推進力を効かせ、要所で得点機会を創出。後半30分には敵陣ゴール前左でラインアウトからモールを作り、LOの本橋拓馬、右PRの上杉太郎らが作った進路を江良が通過して3トライ目を奪取。直後のゴール成功で35-12と流れを傾けた。
帝京大は勝機をものにし続けた末、49-17と快勝。その間、両軍の2番は何度もぶつかり合った。佐藤は潔かった。
「江良選手は大学で一番いいHOだと思っているので、江良選手に勝って、チームを勝たせる選手になると思って試合に臨みました。ただ、結果的にモールからのトライ、フィールドのトライ、ひとつひとつのコリジョン(衝突)のところ、アタック、ディフェンス、スクラムワークと、まだまだ遠い存在だとこの試合でわかった。いままでに満足していたわけではないですけど、自分が思っているより、まだまだ先のところにいた。いままでやってきたことはゼロにはならないので、ここから新しい自分の強み、修正点を見つけ、今季中には(江良と)対等かそれ以上になれればと思います」
江良は「HOの意地、見せられたかなと、試合を通して感じています」。ひとまず、ライバルストーリーのファーストラウンドを制した。
直近でふたりが目指すのは、次戦での勝利と今年度の全国制覇である。12月に本格化する大学選手権で、両者の再戦はあるだろうか。