ラグビーリパブリック

新コーチ・王子拓也を迎えた天理高校。新たなスタイルで4年ぶりの花園に挑む。

2022.10.31

自主性を大事にする今年のチームでは、王子コーチも選手たちに答えを与え過ぎない。生徒から相談された時、すぐ提案できる準備をする(写真は夏の菅平合宿にて/撮影:福島宏治)

 純白のジャージーが3年間、高校ラグビーの聖地、花園から遠ざかっている。

 過去優勝6回の天理高校は、4年ぶりの冬の全国大会出場に向け新たなスタイルに着手、そして新コーチを迎えた。

 直近の3年は、日本でもっともレベルの高いファイナルのひとつ、奈良県の花園予選決勝で黒い壁に阻まれた。昨年にいたっては春の選抜大会で8強入り、準々決勝では桐蔭学園と好勝負を繰り広げながら、秋には御所実に完敗した(5-28)。

 太安善明主将は当時を振り返る。
「(伝統の)フラットライン(でのアタック)を対策され、ガッチリ止められた。でもそこで自分たちは偏った思考で、ずっと同じことをやってしまいました。試合の中で修正する力がなかったんです」

 力の限りを尽くして負けたのなら納得できる。でもこの時は違った。就任11年目の松隈孝照監督は決断する。
 日々の練習メニューの作成とトレーニング計画の策定の一切を、選手たちに託した。試合中、選手たちだけで戦い方を修正する力を培うためだ。

 現在は太安主将を中心に、約10人のリーダーたちがメニューを考案している。「(体を)当てる日、当てない日を決めたり、週末に試合があればそれに向けてどう取り組むべきか、自分たちには何が必要かを考えています 。時にはコーチにアドバイスをもらいながら、 1週間分のメニューを決めて部員に渡す、という流れです」(太安主将)

 効果は出始めている。
「練習試合で、相手のディフェンスはこうだから自分たちはこうアタックしよう、ここ空いてるから全員でしっかりコールしていこう、とハーフタイムやトライ後のハドルでしっかり話し合えています」

 松隈監督が大きく舵を切れたのは、太安が主将だったことも大きい。新チーム始動時のキャプテン決めで、太安は選手とコーチ陣の投票で満票を得た。
「満票は島根(一磨・現埼玉WK)以来です。寮生活なのでみんながその人のすべてを見ている。ラグビーが上手いだけでは満票は得られません」(松隈監督)

 人間性の高い太安を、松隈監督は「学校の先生みたい」と笑う。ある時、授業態度が悪い部員がいると他の先生から聞いた松隈監督は、太安の前でそのことをつぶやいた。すると翌日、その部員が昨日までとは打って変わって真剣に授業に取り組んでいたという。
「なんでかなと思い、他の部員に聞いたら太安がその部員に説教していたことが分かったんです」(松隈監督)

 太安は件について、こう話す。
「試合で勝っても周りに応援してくれる人がいなければ意味がありません。普段の生活が大事です。授業もしっかりした態度で臨む、その上で勝ちたい。今年は自主性(を大事にするチーム)なので、大人にどうこう言われてやるのではなく、リーダーの自分が言ったことにみんながついてこないとチームにはなれないと思っています」

新コーチの幸せなラグビー人生。

 王子拓也も、新しいことにチャレンジする後輩たちに感心する。
「僕たちがいた時より難しいことをしています。自分たちで考えて進めるので、その分、責任も伴う。太安中心に本当によくやっていると思います」

 王子はNTTドコモレッドハリケーンズ大阪での現役生活を終え、この4月に母校に戻ってきた。自身も高3時はキャプテンだった。いまは1年生の副担任を務める。
「10年ぶりくらいに戻ってきてなかなか感覚を掴めなかったけど、最近は自分の高校生活を思い出しながらこんな感じだったなと(笑)。生徒たちは素直で純粋で、とにかく可愛いです」

 天理大在学中に保健体育の教員免許を取得。「いつかチャンスがあるなら」と、母校に戻りたい意思は松隈監督にも伝えていた。
「そのチャンスを松隈先生からいただけた。現役への未練もありましたけど、こんなチャンスは二度と来ないと思って決めました」

 初年度のリーグワンが開幕する前の11月ごろには決断する。それでも、決めてからは「特に先のことは考えていませんでした」。最後のトップリーグで旋風を巻き起こしたレッドハリケーンズが、リーグ後半になっても実戦未勝利と苦しんでいた。「どうしたらチームが良くなるのか、それだけを考えていました」

 4年間過ごしたドコモではなかなか芽が出なかった。王子がチームに帯同できる試合は、シーズン途中の3月19日、第10節・グリーンロケッツ東葛戦が最後。その試合を控え、それまで公式戦の出場機会はゼロだった。

 それでも、努力を惜しまなかった。
「毎週末、試合の前日はノンメンバーがすごくきつい練習をします。自分がチャンスを掴んだ時のコンディションを保つためではあるのですが、それが毎週続くと心が折れそうになることもある。それでも、そこで絶対に折れずにやり切ろうと。(出場する)メンバーもその姿を見ている。本気でしんどいことをやっている姿を見て、自分たちも頑張れると言ってもらったりもしました。ヨハン(アッカーマンHC)も細かい言葉かけをしてくれます。しんどい練習だけど、この先君たちの力に必ずなると」

 最後の試合前も必死にアピールを続けた。それでも叶わなかった。23人の中に自分の名前はなかった。
 チームはその週、引退選手のセレモニーを開いた。王子は記念品を受け取り、アッカーマンHCから言葉をもらう。
「チームのために頑張り続けてくれた選手として、自分の名前を挙げてくれました。それは教員になってからも必ず生きると」

 そして、サプライズは起きた。試合前日、登録メンバーにけが人が出た影響で、急遽メンバー入りを果たしたのだ。背番号23のジャージーを渡された。
「自分にはもったいないくらいのストーリーです。ヨハンからは『こんなこともあるんやな、頑張ったからやで』と言ってもらえました」

 ヤンマースタジアム長居でおこなわれたホストゲーム。試合前の高鳴る鼓動、試合中の応援、リーグワンでの初勝利。そのすべてを脳裏に刻んだ。
「いつも試合のことはすぐに忘れてしまうのですが、この試合はめちゃくちゃ覚えています。試合前の朝、これが(現役)最後の日なんだなと。ホテルでのミーティングの緊張感、高揚感。最高でした(笑)。雨なのにお客さんもたくさん来てくれて、メンバー外の選手もメッセージをくれた。幸せな1日やなと思って過ごしていました」

 ドコモで過ごした4年間、苦しいことの方が多かったかもしれない。それでも「すごく幸せな現役生活でした」と顔を綻ばせる。
「出られない期間は長かったですけど、周りにも同じように悩んでたり苦しんでる選手がたくさんいました。でもその選手たちが腐らずに頑張ろうと取り組んでくれた。それで自分も一緒に頑張れました。大好きなチームだったので、期待を裏切りたくないという気持ちが一番にありました。本気で取り組んでるからこそ、試合に出ている仲間を応援できますし、勝った負けた、に一喜一憂できる。そういう環境を整えてくれたチームにも感謝しています」

 指導者としても、大事な物差しも手に入れた。
「ラグビーは出る、出られないの世界ですが、出られない選手が出るメンバーに対して大きな力を与えられる、ということも経験できました。ただそれは一歩間違えれば悪い方向にもいく、取り組み次第で変わると分かった。それは教員として、生徒たちにも教えられることなのかなと思ってます」

 今年度の奈良県花園予選決勝は11月20日。新コーチを迎え新スタイルで挑む、天理高校の勝負の日が迫っている。