日本ラグビーは、よき外国人指導者との出会いに恵まれているのかもしれない。レスリー・マッケンジーHCの言葉を聞く度にそう感じる。
1年延期を経て、幕を開ける女子15人制のW杯(ワールドカップ)ニュージーランド大会。日本代表サクラフィフティーンの9日の初戦はカナダ。HCの母国である。
しかし、彼女は「カナダと戦うことでエモーショナルになることはない」と言い切る。チームとは決してコーチのものではないという信念があるからだ。レスリーの言葉は、こうつながっていく。
「でも、選手たちがW杯で何を成し遂げられるかを考えるとエモーショナルになる」
選手たちを深いところで信じ、愛情を持って接してこなければ、この感情は抱けない。
海外の強豪チームを敵地で破るなど、女子代表の歴史を塗り替えてきたヘッドコーチのコーチング哲学は、四つの言葉に集約される。
挑戦、勇敢、正直、そして楽しさ。
日本に来る前、ニュージーランドでユース世代や男子など様々なカテゴリーのコーチをした。ラグビー王国で苦労しながら身に染みたのは、「どんな環境であれ選手に必要なものを引き出すのがコーチの役割」という職業倫理だった。
新しいこと、得意でないことでも勇気を持って挑戦することを是とする。「選手を心地いい場所に安住させない」とエディー・ジョーンズはよく言っていたが、彼女はそれを「常に選手にチャレンジがある状況を作りたい」という言い回しで表現する。
その「チャレンジ」に必要になってくるのが勇敢さであり、正直さであり、楽しさなのだ。
「あなたをフッカーで使う気はない」
齊藤聖奈は2019年、代表HCに就任したレスリーにきっぱりと言われた。前回W杯の日本のキャプテンは一瞬、面食らったという。代表では前1列(フッカー、プロップ)でしかプレーしたことがなかったからだ。
「W杯を見たけど、あなたはフロントローとしてサイズが足りない」と理由を告げられた。「だからポジションを変更したい。チャレンジする気はある?」。言いにくいことも正直に伝えるのがレスリー流。ただ、あっけらかんとした齊藤も負けていなかった。
「チャレンジ到来の時が来た」。すぐにそう切り替えて、「お願いします」と首を縦に振った。彼女はポジション変更3年にして、いまやサクラフィフティーンに欠かせないフランカーに成長した。
このコンバートには続きがある。
新型コロナ感染に見舞われた今年4~5月の豪州遠征。メンバーが足りなくなっていたフィジー戦前のスクラム練習で齊藤は「前に来て」と告げられた。「えっ?」とまた面食らっていると、レスリーは「いいから早く」と真剣な表情だった。「これはマジなやつや」と齊藤。フィジー戦の後半以降、彼女はたびたび試合途中にフッカーに入るようになった。
コロナ禍で仕方ない面はある。連戦が続くW杯で、複数ポジションができる選手を増やしたい意図もあるだろう。ただ一方で朝令暮改と言われても仕方のない起用の中に、レスリーは愛を込めている。
同じフランカーの鈴木実沙紀と「フッカーをシェアしろ」というのだ。スクラムを組むのは齊藤、ラインアウトの投入役は鈴木、という具合に。
齊藤は「そんなん、聞いたことないわ」と思わず笑ってしまったという。
「自分たちの想像をあっさりと超えてくるのがレスリー。でも、さすがに無理やろって自分が思っていたことも、いつの間にかできるようになっている。私たちを期待して、成長を見越してくれているんやなって思う」
今のサクラフィフティーンには、こんな大胆な配置転換や起用例がいくつもある。
センターからフランカーに移った長田いろは。左足のキックやパスのうまさを見込まれ、ウイングだけでなくスタンドオフも任される今釘小町。昨秋の欧州遠征から正フッカーに起用されている「シンデレラガール」永田虹歩。さらにはレスリーの後押しで海外クラブに挑戦し、異国で心身ともに成長した選手たちがチーム内の競争を活性化させてきた。
W杯直前のニュージーランド代表ブラックファーンズ戦、日本は12―95で大敗した。大事な大会前に、心は折れてもおかしくなかった。
しかし、レスリーが鍛えてきたチームには反骨心と修正能力がある。中嶋亜弥・総務兼コーチングインターンはいう。「このチームは学ぶ力が強い。(負けの)全部から学ぼうとしていて、また勢いがでてきた」
レスリーは選手に求める姿勢を、自らにも課している。自分が何より選手たちに正直であろうとしている。気持ちに波があり、厳しい言葉を選手たちに浴びせることは少なくない。それでも、チームで誰よりハードワークしているのがレスリーなのだ。
W杯に8選手を送り出した三重パールズの斎藤久GMは、レスリーに信頼を置いている。彼女が何度も三重に足を運び、練習試合を視察したり、クリニックに参加してくれたり、真剣に選手たちと向き合う姿を目の当たりにしてきたからだ。「レスリーさんみたいに熱心なコーチは今まで見たことがないよ」
多くの選手はレスリーに尊敬、感謝という感情を抱いている。「選手としてでなく、一人の人間として私たちに向き合ってくれる」(鈴木実沙紀)という信頼感が根っこにあるからだろう。レスリーの2匹の愛犬のうちの1匹は、桑井亜乃さん(現レフリー)が引き取った保護犬を一時的に預かった。中嶋総務はレスリーの家で一時、生活したこともあるという。選手とコーチの枠を超えた結びつきが、至るところで構築されている。
レスリーは「女子ラグビーにはスリリングな展開が必要です。サクラフィフティーンのスピード感はそれを見せてくれる」と語る。日本だけでなく女子ラグビー全体を見渡せる視座を持つコーチが認めた32人の選手たちが、世界に挑む。