鹿児島大学ラグビー部のOBたちは試合前から大騒ぎだ。
同部OBの中尾隼太(はやた)がやっとスタートラインに立った。10月1日におこなわれるオーストラリアA戦(秩父宮)でJAPAN XVの10番を背負う。
テストマッチではないけれど、本人は「キャップ対象(試合か否か)とか関係なく、新しい自分の人生の第一歩」と前を見つめる。
地方国立大学の出身。
「ラグビーで、ここまで来られる自信はありませんでした。いろんな人の働きかけによって導かれた結果です。勇気を持って自分らしいプレーをして、僕と同じような立場の選手に、メッセージを伝えたい」と思いを吐露した。
春シーズンも代表活動に招集され、合宿に参加した27歳。
しかし、フランス戦とのテストマッチシリーズの途中で体調を崩した。得意とするパスワーク、ゲームコントロールを披露するチャンスはなかった。
リーグワンの上位に食い込んだ東芝ブレイブルーパス東京の司令塔を務めてきた実績はあるものの、代表レベルの中に身を置いたのは初めて。
春は合宿が始まってすぐ、「覚えることが多くて頭がパンクしそう」と言った。
その壁は、練習を重ねるにつれて少しずつ低くなった。
トレーニングの成果をピッチ上で体現する機会はなかったけれど、「ジャパンに実際に加わってみて、(そこでプレーするには)なにが必要で、スキルや体をどうすべきかが分かった」と話す。
その感覚を、「自分の中に物差しができた」と表現する。
「それをもとに、春の活動が終わってからの(今回の活動開始までの)1か月半、しっかり準備できました」
頬の肉がとれ、シュッとしたように見える。
代表から渡されたトレーニングメニューと、栄養士のアドバイスにより脂肪を落とした。体重は6、7キロ減となった。
肉体改造を進めて臨んだ今秋の活動。以前は、フィットネスとスピードを高いレベルで求めるジャパンスタイルに、ついていくのがやっとだった。
そこが変わってきた。
「以前より余裕が持てるようになった分、頭の中を判断、(周囲の)コントロールに割けるようになってきた感じです」と表情は明るい。
強いプレッシャーの中で自分のスキルを発揮し、チームをオーガナイズする難しさを知った春。
同じポジションの仲間がピッチで躍動する姿を見て、「同じ練習をしている人たちが立つ舞台に、自分も立ちたいと素直に思いました。悔しさもありました。(他選手の)いいプレーを見て、追いつけるように頑張りたいとも思った。その気持ちがあったから、オフもきついトレーニングができました」。
別府、宮崎と続いた合宿に、挑む姿勢で臨んだ。内面の変化があったからだ。
消化不良の春を終え、「このまま終わりたくない。もう一度(ジャパンに)戻りたいと思ってオフを過ごした」と回想する日々を過ごし、合宿には「黙って練習していて試合に出られるものではありません。日々の練習から切符を勝ち取りたい思いを見せる」と気持ちを込めた。
以前はなかなか頭の中で整理できなかったジャパンスタイルを、自身の中でシンプルにして遂行する力も身についてきた。
今回の出場が決まった後、首脳陣からは「おめでとう」と声をかけられ、チームメートには「自信を持ってプレーすればいい」とアドバイスをもらった。
「大きな声でチームの方向性を示したい」
タックルで体を張る。キッキングゲームでも期待に応える。「結果のよしあしを考え過ぎず思い切りプレーする」と誓う。
2万近い観衆が予想される秩父宮ラグビー場にその声が響けば響くほど、サクラのジャージーは躍動する。