子どもの頃は将棋が好きだった。
「失礼になるんですが」と前置きして、「人を駒にして考えること」もなくはない。
金侑悟。法大ラグビー部の2年生は、「プレーするよりも、考えるほうが好き」だ。
身長175センチ、体重85センチで、昨季までは司令塔のSOを担った。今季は、SOと大外の仕留め役をつなぐインサイドCTBで定位置を確保。数的優位の作れそうな場所へ先回りし、局面ごとに数的優位を作り、適宜、パス、キックを配する。
「僕は基本的に、視野が広いことを得意分野にしていて。人がどこにいる、というのがよく見えていて。僕は目立ったプレーができない。ずば抜けるというよりは、ひとつのパス、キック、判断を完璧にする。そうして、社会人のチームから声をかけてもらえたらと思っています」
話をしたのは9月28日。100分程度の早朝練習を終えてからのことだ。チームは約5年前から、メインのトレーニングを日差しが強まる前の6時半に始める。部員の授業参加を考慮する。
この日の金は、午前中の授業がなかったようだ。グラウンド脇の建物の出入り口付近にて、即席のインタビューに応じる。
「ちょっと専門的な話になるんですけど」と断りを入れつつ、「タッチライン際から23メートル地点にラック(接点)ができた場合、ショートサイド(狭い区画)にオーバーラップ(数的優位)ができる」という、攻めの普遍的な構造について話していた。
自ら汗をかき、頭を使って体得した知恵。すでにある戦術論の受け売りとは、地金の強さが異なるような。
知性は防御にも現れる。今年3月から指導をはじめ、9月に正式に採用された星野将利コーチは、「あの子がいるから、成り立っています」。新宮孝行監督の意向のもと、鋭い出足で相手との間合いを詰めるディフェンスシステムを設計している。金はその再現性を高めていると、星野は見る。
「彼は相手のアタックの形を見て、次にどこが攻められるかを予測できる選手なんです。ポジショニングが、すごくいいです」
チームは今季、好調を維持する。昨季8チーム6位に終わった関東大学リーグ戦1部にあって、開幕2連勝中だ。埼玉・熊谷ラグビー場で前年度3位の大東大、同2位の日大をそれぞれ26-19、30-14で破った。
特に日大戦では、金がタックルとハードワークで魅した。向こうの大胆な攻撃を前半無失点と封じた。
「まず素早くセットする(位置につく)。それで前に出てプレッシャーをかける。もし相手の身体がでかいなら、先にスペースを奪ってしまって下に入る。バインド(つかむ動作)はしっかりと。もし相手が小さいなら上(半身)に絡んで球出しを遅らせる。自分が倒れたら、次の(起きて)次のセットを。オープンサイド(広い区画)に人が足りていなければ、人を動かすんじゃなくて自分から動くことを意識しています」
10月2日、神奈川・小田原市城山陸上競技場で4連覇中の東海大に挑む。ここで発するのは、競技自体への思いの強さ。やや刺激的な言い回しで明かす。
「ラグビーへの最初の印象は、本当に殺し合いでした。でもいまになれば、ちゃんとしたスポーツだなと(感じる)。システムがあって、15人という個人個人に考えや意図があって、そのうえで起きたことによってシチュエーションが変わる…深いな、って」
サッカー少年だった。楕円球と向き合うようになったのは、東大阪朝鮮中に入ってから。父の秀峰さんに薦められた。「人を駒のように…」という着想を身に付けたのは、ちょうどそのタイミングだった。
進学した大阪朝鮮高では、高校1、3年で全国大会に出た。
特に最後の大会では、2010年度以来の4強入りを果たした。当時のテーマは「使命」。金ら3年生の部員数が21名なのに対し、2年生以下は18名。国から学校への補助金が目減りする流れもあってか、入部希望者が減少傾向にあった。
あの頃はチームの命をつなぐという「使命」を背負っていて、いまでも高校時代のヘッドキャップをつける。「身を守るため」だけではない。
「朝鮮学校出身の俺がこうして頑張っているから、お前ら(後輩)も頑張れよ。そういうメッセージを込めています」
自分は周りと「思考が違う」のかもしれないと笑いつつ、民族の矜持を言葉にする。
「そのことは、中学、高校の時に感じるようになりました。学費が高く、人数が少ない学校に、親が入れてくれた。そして試合を毎回、観てくれて、弁当を作ってくれて、両親だけではなくおじいちゃん、おばあちゃんも僕を見守り、応援してくれた。ほんまに、感謝しています。ラグビーをやることが、まさに僕の使命。そう、重く捉えているので」
ラグビーと向き合う意欲を、ラグビーで生きていく覚悟とリンクさせている。よく考え、よく動くのも当然だ。