油断大敵。生まれる前にヒットした漫画を用いて、齋藤良明慈縁は強調する。
齋藤が所属する東洋大は9月11日、東京・秩父宮ラグビー場で歴史的な白星をつかんだ。
29季ぶりに昇格した関東大学リーグ戦1部の初戦で、4連覇中の東海大を27-24で撃破。堅守と少機を逃さぬ攻めで、下馬評を覆した。
この日、定位置のLOで先発した齋藤は、チームの主将でもある。試合翌日以降の留意点について、こう即答する。
「気を付けたことは、浮かれないようにすること」
一般論として、大きな勝利をつかんだ直後のスポーツチームには緊張感の維持が最大の課題となる。ここで齋藤が引き合いに出したのは、人気漫画『SLAM DUNK』のエピソードだった。
主人公の桜木花道がプレーする湘北高のバスケットボール部は、全国大会2回戦で名門の山王工高を制している。
ところが精魂尽き果てたままで臨んだ3回戦では、本編のト書きによると『ウソのようにボロ負けした』。齋藤は作品世界の『ウソのように…』の表現を用い、自分たちは「そうならないようにしよう」と「笑いながら話した」という。
「強い相手を倒しましたが、1勝しただけですし。それに、自分を含めて初戦のプレーに満足している選手は1人もいない。チャレンジャーの気持ちは忘れずに、と、皆、口を揃えて言っています」
集英社の週刊少年ジャンプで26年も前に連載を終えた通称「スラダン」だが、いまの東洋大の学生も愛読しているよう。さすがは世代を超えた名作。
もっとも川越市で活動するこのクラブは、フィクションの力を借りずとも前向きな物語を作れそうだ。
チームに影響力を及ぼす最上級生が、まったく「浮かれ」ていないからだ。
入学前に2年の浪人生活を経験したSHの神田悠作主務は、すでに東海大戦勝利を過去のものとしている。
「自分たちは順位的にはドベ(前年度は2部2位)。気持ちの引き締めは、大丈夫です」
やはり4年生でユーティリティBKの田中康平は、こう続ける。
「あと(リーグ戦は)6試合、ある。しっかり調整していこう、と話しています。リーグ戦を全勝して、その勢いのまま(大学選手権で)日本一になりたいと思っています」
ちなみに高知県出身のこの青年は、20日の練習後、台風の影響で近所の家から逃げてきたオカメインコを保護している。たまたまグラウンドの脇で見つけ、周りを取り囲むカラスを大声で威嚇した。
白い鳥の恩人と同じ名字の田中翔は、22日の練習後、専用グラウンドの脇で取材に応じた。
アメリカ人の父を持ち、このチームではミーティング中の通訳も務める主力FLの田中翔。「常に、仲間がずっとそこにいる感じが好きです。寮のご飯もおいしい」と語る視線の先に、給水用のペットボトルがあった。
やがて、居残りで外周を走る選手が近づいてくる。
田中翔は記者の質問に答えながらボトルをさっ、と拾い上げ、仲間が駆け抜けるのを見送った。
セネガル人の父と山形の枝豆農家出身の母がいずれも文化、芸術方面で身を立てているという齋藤は、ぶれない低い声で述べる。
「いまは、自主的に掃除をする人が出始めています。やっている人が多いのは、寮からグラウンドに来る前のごみ拾いです。この間、台風が来た後は、近くの野球部さんのグラウンドの周りに折れた木があって、それを拾う選手もいました。…あとは、インコ、ですかね」
普段の目配り、気配りと競技力が関係あるかどうかを聞かれると、「あると思います」と述べ、言葉をつないだ。
「ごみを拾ったおかげで(試合で)バウンドしたボールが自分のところへ転がってくるようになることは、ないと思います。ただ、利他(精神)でエネルギーを注げる力は、ラグビーという自己犠牲のスポーツに活きる」
25日、埼玉・セナリオハウスフィールド三郷。初戦黒星の関東学院大と2試合目をおこなう。万事へ反応できるという強みを活かし、開幕2連勝を決めたい。