ラグビーリパブリック

最高峰の舞台で、かけがえのない経験。東農大二-東京ガスの今井明男さんが女子マダガスカル代表コーチとしてW杯セブンズに出場

2022.09.22

会場となった南アフリカのケープタウンスタジアムにて。前列右端が今井さん


 国を背負って戦うことの重みを知った。それと同時に、世界中のトッププレーヤーが集う最高峰の舞台に立ち会えた喜びもひしひしと感じた。

 9月9日から11日にかけて南アフリカのケープタウンで開催されたラグビーワールドカップセブンズ。サクラセブンズこと女子セブンズ日本代表が過去最高の9位という好成績を残すうれしいニュースを届けてくれたこの大会で、大仕事をやってのけた日本人がもうひとりいる。女子マダガスカル代表チームにアシスタントコーチとして帯同した今井明男さんだ。

 群馬県高崎市出身の今井さんは東農大二でラグビーを始め、卒業後は東京ガスでSOとしてプレーした。2016年の現役引退以降はコーチやサポートスタッフとしてチームを支えてきたが、「スポーツを通して人の役に立ちたい」という思いから一念発起し、2018年いっぱいで東京ガスを退社。フィリピンでの半年間の語学留学を経て、2019年秋に国際協力機構(JICA)の海外協力隊に合格を果たした。

 しかし協力隊での本格的な活動が始まろうという矢先に、新型コロナウイルスのパンデミックが発生。先が見えない状況の中、今井さんは国内での待機を余儀なくされた。

「突然、見通しがまったく立たなくなって。自分はこれからどうなるんだろうと、すごく不安な毎日を過ごしました」

 長い空白期間を経てようやく事態が動き始めたのは、1年半が過ぎた2021年の中頃だ。同年の11月からは長野県の駒ヶ根訓練所で45日間の合同研修が行われ、年末にJICAの派遣前訓練を終了。その後、任国のマダガスカルのコロナウイルス第3波の影響で出国が当初の予定より遅れてしまったこともあり、今年4月までの約3か月間は母校の東農大二で臨時コーチとして後輩の指導にもあたった。

 ちなみに今回の派遣は、日本ラグビー協会とJICAの連携である「JICA-JRFUスクラムプロジェクト」のJICA海外協力隊員派遣として実施されたもの。同プロジェクトは2013年7月に2019年のラグビーワールドカップ日本開催をにらんで開始され、これまで60名以上が延べ8か国に派遣されてきた。指導者として対象国におけるラグビー競技の発展と健全な青少年の育成に貢献し、帰国後国内でその経験を生かして活躍する人材を育成することがその目的だ。なお、女子セブンズマダガスカル代表がアフリカ予選を勝ち抜いてワールドカップセブンズ2022南アフリカ大会の出場を決めたのは、4月30日。今井さんが現地に到着してちょうど1週後のことだった。

「すごいタイミングで。運命を感じました」

 着任後1か月ほどはマダガスカル語の訓練に励み、ワールドカップに向けた本格的なトレーニングがスタートする6月1日からチームに合流。以降の3か月は、まさにフルスロットルで突っ走ってきた。

 日本ではあまり知られていないが、マダガスカルのラグビー人気は高く、人口(約2700万人)比での競技者の割合は日本を上回るほど。圧倒的な人気を誇るサッカーには及ばないものの、国内大会のクライマックスでは2万人規模のスタジアムが満員になるという。

 プレーの特徴としては、身体的に優れたポテンシャルを有する半面、ラグビーの細かいスキルは未熟な部分が多く、個々の能力に頼る傾向が強かった。そのため今井さんは、セブンズで重要になるパスやキャッチ、ドロップキックなどの基礎スキルと、組織力を向上させることに取り組んだ。

「ラグビーの全体像を教えられるコーチはマダガスカルにもいますが、パスやキックなど専門的なスキルをコーチングできる指導者はいませんでした。自分はSOだったので、むしろそういう部分のほうが得意でもある。チーム側と相談してそれらのパートを担当させてもらい、チームとして必要な存在として認めてもらったことが、今大会の帯同につながったのだと思います」

 迎えたワールドカップでは、初戦でのちに優勝を果たすオースラリアに0-48と完敗。さらにスペイン(0-12)、中国(5-36)にも敗れ、最終日の15・16位決定戦に回った。しかしコロンビアと対峙したこの試合では、今大会ベストのパフォーマンスを発揮して一進一退の激闘を展開。ラストプレーでキャプテンのサリンジャ・サフンジャマララが約40メートルを独走し決勝トライを挙げるという劇的な幕切れで、見事にワールドカップ初勝利を手にした(最終スコアは19-12)。

「コロンビア戦、先制トライ後のコンバージョンキックでこれまで練習してきた角度から成功した時、ともに指導してきたコーチとグータッチした瞬間は忘れられません。また、活動開始当初キックオフキャッチに課題が多くあったことから、相当の練習量を経て本番に挑んだ結果、多少のミスはありましたが、練習の成果が出た試合でした」

マダガスカル国は今井さんの前任者の縁で2019年に岐阜県郡上市と東京五輪ホストタウン締結をしており、同市による全面協力のもと強化合宿を行なっている。今回勝利したコロンビア代表も同市とホストタウン締結をしており、マダガスカル代表とはともに同市のセブンズ大会に出場しているという特別な関係だった(当時の大会結果はコロンビア1位、マダガスカル3位)。「前任者が苦労して実現させた日本遠征での経験に、こういう形で恩返しができて心よりうれしく思います。あらためて岐阜県郡上市の関係者の方々にお礼を申し上げます」(今井さん)

 マダガスカルがアフリカの枠を超えた世界的な国際大会に出場するのは、15人制を含めて今回が初。しかもワールドカップとあって国内の応援ムードは想像以上の盛り上がりで、ジャージーやチームウェアなどはすべて大統領夫人から支援を受けたほか、出発前にはスポンサー企業の主催で盛大な壮行会も行われたという。受ける期待が大きかった分、選手たちはプレッシャーを感じていたようで、最終戦で勝利を挙げた後は、チーム全体が安堵の空気に包まれたそうだ。

「みんなホッとした表情で、やっぱり重いものを背負っていたんだな、とその時に感じました。自分自身、なんとか1勝を持ち帰ることができて、少しは肩の荷が下りたかな、と感じています」

 すべてが初めてのことだけに気が張りっぱなしの3日間だったが、世界的なチーム、選手、コーチがひしめく舞台で過ごした時間は、この上なく幸せだった。「日本で待機していた期間は本当に辛かったのですが、コロナ禍で待ったからこそここに来られたと考えれば、タイミングもよかったのかもしれません。自分は本当にラッキーな人間だと思います」。また本大会参加を機に、日本ラグビー協会の国際協力推進で日頃からJICAと接点のあるサクラセブンズ中村知春選手兼コーチともコンタクトをとり、マダガスカルのラグビー事情を伝えることができたという。

女子セブンズ日本代表の中村知春選手と

 マダガスカルのラグビー界にとっても、これだけの大舞台で戦った経験は、計り知れないほどの価値があるだろう。実際にそこへ立たなければ見えない景色を目にし、その空気を味わったことは、間違いなく今後の成長の糧になる。世界中のフィールドで躍進を発信することは、きっと国全体の発展にもつながるはずだ。

 今井さんのマダガスカルでの活動期間は、2024年4月までの2年。その間には2024年パリ五輪への出場権をかけたアフリカ予選も行われる。「今回のワールドカップ出場を経験したことで、今後の目標は間違いなくオリンピックになるはずです。やるからには、そこを目指したい」。マダガスカルと今井コーチのストーリーは、まだ始まったばかりだ。

▼マダガスカルチームの歴史的初勝利は、大会の公式SNSでも大きく報じられた。

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