5連覇を狙う東海大と逆側のゴールエリアに、今季から1部昇格の東洋大の面々が集まる。
王者が声を張り上げてウォーミングアップを重ねるかたわら、挑む側はここから身体を動かすところだ。
9月11日、東京・秩父宮ラグビー場。複数のルーツからなる国際色豊かな東洋大は、実に29季ぶりに関東大学リーグ戦1部の初戦を迎えられた。
円陣を組むに際し、セネガル出身の父に持つ主将の齋藤良明慈縁がひとりひとりと握手をかわす。瞳は穏やか。口角をあげる。ファーストネームを「らみんじえん」と読む先発LOはこうだ。
「試合が始まる前は、秩父宮という大きな舞台でラグビーができるという喜びでいっぱいで。たぶん、人生を生きていくなかでこんなに素晴らしい舞台で試合ができる機会もそうそうない。それに対する嬉しさ、ハッピー感が出たと思っています」
果たして東洋大は、王者の東海大を27-24で下した。1部で勝ったのは1992年度以来だ。齋藤は謝辞を述べた。
「素晴らしい舞台、素晴らしい環境で、素晴らしい対戦相手を前に、自分たちの力を発揮できたことを感謝しています」
前半は7分、38分にトライを決めた。いずれも、セットプレーからの用意されたムーブによる。10-7とリードしてハーフタイムに突入した。
その他の場面でも、狭い区画の穴に鋭い走りをする選手を投下。相手の防御を分析し、それを効果的に崩す策を用意してきていたような。
何より光ったのは守りだ。
2つめのトライの直前には、自分たちのミスボールを拾って駆け上がった相手SOの武藤ゆらぎへ、SHの神田悠作がタックルを決めていた。大きく駆け戻ってのこの一撃が、得点につながる自軍ボールスクラムをもたらしたのだ。
以後もCTBの繁松秀太が絶妙な飛び出し、コース取りで好タックルを連発。周りを固めるFW陣もタフに身体を当てた。
苦しむ瞬間はあった。後半3分、8分、対するFLのレキマ・ナサミラに続けてインゴールを割られ、10-19とビハインドを背負った。しかし齋藤は、動じなかった。
「自分たちはリーグ戦最下位のチーム。どこの対戦相手にもチャレンジする気持ちを忘れないようにと話していました。ただ、(一時)リードしていたこともあって、心のどこかに隙があったのかなと思いまして。後半の2本目のトライを獲られた時、『まだ、何も成し遂げていないチームが、チャレンジする気持ちを忘れてどうする』と、改めて自分から言わせてもらって。そこからまた、勢いを戻せたのかなと思います」
すると20分、24分、訪れた得点機をものにして22-19と勝ち越した。続く31分に相手WTBの照屋林治郎に駆け抜けられて22-24とリードを許すも、その場には、東洋大のWTBの杉本海斗がカバーに回っていた。攻撃でも快速を活かしていた杉本がトライセーブに迫ることで、東洋大は生気が残っていると示せた。
そしてスクラムのプッシュ、さらにはFBで途中出場したボンド洋平の連続フェーズからのフィニッシュで、27-24とした。
ラストワンプレー。自陣22メートル線付近で防戦一方も、低い前傾姿勢でタックルを浴びせる。その場に滞留するノット・ロールアウェーの反則を取られぬまま、なんとか防御網を敷く。
すると、それまでも数多く起きていた東海大のパスミスがまた発生した。ノーサイド。東海大の最後のランナーの足元には、この日好ゲームメイクの土橋郁矢が突き刺さっていた。
齋藤は続ける。
「タックル、皆、がんばっていました。(これがチームの)スタンダードです。普段の練習からすごい気持ちを込めて練習して、その成果(が出た)」
ジャイアントキリングが成立した瞬間、敗れた東海大のCTB、伊藤峻祐主将はすぐに味方を集めた。うなだれる人間を起こすように手招きし、メインスタンド前での整列へ急がせた。
「東海大より東洋大さんの方に勢いがあって…。自分たちのプレーをさせてもらえなかったのもあるし、自分たちのミスから崩れて、このような試合になったと思います」
今度のゲームを、敗者の視点で振り返る。
「自分たちの規律の部分で、そもそもラグビーができていなかったということがあります」
ここでの「規律」とは、グラウンド上での順法精神のこと。伊藤の言葉通り、東海大の反則数は16にのぼった(フリーキックを含める)。
東海大の選手がいったん倒れたボール保持者が再び起き上がって前進しようとしたり、圧力をかけた接点を勢いよく通過したりするたびに、ボールを手離さなかった、ボールの上に倒れ込んだと判定された。
古今東西、互角の勝負を制するのには当日のレフリングへの対応が不可欠だ。
東洋大に3つめのトライを獲られた際、伊藤は担当の川原佑レフリーに何やら確認を求めている。その直前、東海大は接点へ身体を差し込む流れで笛を吹かれ、まもなく東洋大の速攻を許していた。
東洋大が15-19と追い上げたこの瞬間、東海大の伊藤は川原氏と何を話し合ったかは「覚えていない」。ただし自分たちの「規律」を保つべく、川原氏に何度も判定の意図を聞いていたのは確かなようだ。
東海大の「規律」が乱れたのは、空中戦のラインアウトも然り。相手は後半9分まで、身長211センチの新人LO、ジュアン・ウーストハイゼンを列の前方へ立たせていた。かくして投げ手の視界が遮断されたか。東海大は、ボールをまっすぐ投げ入れられないノット・ストレートの反則を連発した。
5点差を追う前半15分頃、敵陣で立て続けに3つの自軍ラインアウトを確保し損ね、東洋大の奮闘を促す節があった。
ウーストハイゼンが退いてからも、東海大のラインアウトは乱れた。試合後の記者会見では、敗れた木村季由監督がお手上げの様子で言った。
「そこ(ラインアウトのボール投入への判定)は若干、ルール上(近年の傾向で)、厳しくなっているところがある。もう少し、クオリティを上げないといけない。彼(ウーストハイゼン)がいなくなった後も(自軍ボールを)獲れていない。質の悪さは出たかなと」
記者会見と言えば、勝ったリーダーの深淵がのぞくシーンもいくつか見られた。
まず「監督と主将のどちらかに」という質問には、間髪入れずに齋藤が答える。
さらに齋藤の隣にいたウーストハイゼンが質疑に応じ、机の上にマイクを置こうとするや、齋藤がその手元に目をやった。ウーストハイゼンはその意図を察し、齋藤と逆側に座る部員へマイクを手渡した。その部員は、自身の通訳として出席してくれていた。
現象を察知する。迷わず行動する。戦前より「リーグ戦台風の目」と謳われる東洋大の船頭の、それが流儀のようだった。
齋藤は淡々としていた。
「まだまだなところはある。シーズンを通して、東洋大は強くなっていきます。注目していただけたら、幸いです」
ターゲットのゲームでの劇的勝利に高揚感を覚えながらも、落ち着いて現実を見てもいた。
※筆者注・通訳を担当した選手に誤りがありました。お詫びして訂正いたします(9月13日)