ラグビーリパブリック

元コールセンター職員が指揮官? ディビジョン1に挑むダイナボアーズの献身。

2022.08.11

三菱重工相模原ダイナボアーズを率いるグレン・ディレーニー新ヘッドコーチ(撮影:向 風見也)


 日本語で話せないのが申し訳ないと、日本語で謝っていた。

「いまね、毎日、日本語を覚えて(学んで)います。ダグの日本語は上手。もし、大事なポイントがあれば、ダグが話した方がいい」

 本社敷地内のグラウンドでの共同取材。ピックン・ダグラス通訳がカメラの前に立つまでの間、持ち前の語学力で場をつなぐ。

 グレン・ディレーニー。三菱重工相模原ダイナボアーズの新ヘッドコーチだ。

 初来日は1993年。トーヨコのラグビー部でプレーするかたわら、同社の総務部でコールセンター業務も任されたようだ。

 日本では、英語を教えるイギリス人女性と知り合った。家族を作った。その後はイングランド、母国のニュージーランド、さらにはウェールズで、選手、指導者として活動してきた。

 複数の国を渡り歩いてきたキャリアを、指導哲学ににじませる。

「(南半球の)スーパーラグビーで経験したコーチが、イングランドで失敗する例もあります。そのチームがどこにあるのか、どんな文化を持っているのかを理解してから働くことが大事です」

 石井晃ゼネラルマネージャーは、現役時代のディレーニーと試合をしたことがある。最初にダイナボアーズへこの人を招いたのは2021年。ディフェンスコーチを任せた。

 期待通りだった。以前よりも防御での結束力が強まる。

 ディレーニーは、ダイナボアーズの提携先であるハイランダーズでもディフェンスコーチをしてきた。相模原の地でも、その得意分野を担ったわけだ。ミーティングを開き、状況ごとの各ポジションの動き方を緻密に落とし込んだ。

 グラウンド外でのまとまりも生んだ。コーチ間のミーティングで、チーム総出での工場見学を提案した。

 自身の理念に基づき、クラブの「文化」を重視したのだ。

「日本のチームは他国と異なり、会社とつながってプレーすることが多い。ですので、自分たちがどんな会社を代表してプレーしているのかを知ることが大事です。相模原にいる社員たちは、ディテールにこだわってハードワークをし、素晴らしいものを作っている。それを、私たちもここ(グラウンド)で体現できるようにしたい」

 2022年1月に始まった国内リーグワン元年。入替戦を制し、ディビジョン2から同1へ昇格した。

 石井に「人間性(が素晴らしい)。人の話を聞く」と評価され、指揮官となる。

 次のシーズンに向けては、早めに再出発した。

 リーグ戦の開幕が前年度より約2~3週間早い12月中旬となるなか、ダイナボアーズは、本格始動のタイミングを前年度比で1か月強ほど前倒しにした。例年なら遅れて合流してもおかしくなかった海外出身者、シニアプレーヤーも、若手と同じスタートラインに立つ。

 石井はこうだ。

「今後、常勝チームを目指したいと思っています。その時、いまの上位チームと同じようなことをしていては勝てない。高いところを目指し、ハードワークできる組織を作ったつもりです。昔風に言うと、猛練習をする! ディビジョン1を戦うなら、事前準備はそれ以上の強度でやらないといけません」

 その言葉通り、練習はタフになった。

 選手はグラウンドへ出る前にGPS装置をつける。「ハイスピードディスタンス(1秒間で5メートル以上走った回数)」をはじめ、試合に勝つために高めたい項目を測る。4年目の細田隼都は補足する。

「以前はデータを確認する程度でしたが、今年はそのデータを追い求めるための練習メニューをコーチ陣が組んでいます」

 スクラムを最前列で組む細田が挙げる厳しいメニューのひとつに、「オフサイドゲーム」がある。

 グラウンドの全面を使った、ボールゲームの変則版だ。

 ここでは普段のラグビーでは禁じ手となる、前へのパスも合法となる。ただし片方のチームがトライした瞬間、そのチームメイトは、敵陣10メートルライン、同22メートルラインといった所定の線よりも、同ゴールライン側まで駆け上がらなければいけない。

 自陣深い位置から数本のパスでスコアする際も、ノルマ未達成の選手には罰走が課される。大型選手にも例外はない。細田は苦笑する。

「ディフェンスからアタックに切り替わったら、必死に走るしかない。ボールをもらうとかではなく、必死にラインを越えることを考えます。(1セットごとの時間は)たった2分なんですけど、ものすごく長く感じます。本当に2分なのかがわからないくらいです」

 ディレーニーはこうだ。

「最初の2~3か月間は、しっかりと身体を作りあげる。細かいところを修正し、開幕してからディビジョン1で力を出せるようにしています。去年のいまごろとは全く違う状態です。皆がハードワークしている様子で嬉しく思います。何人かの選手は、その日食べた朝食をもう一度、味わいそう(嘔吐しそう)になっています」

 1971年創部。2003年にできた初の全国リーグであるトップリーグへは2007年に初挑戦し、2020年に12季ぶりの再昇格を果たした。

 リーグワンに新装開店される際は、日本ラグビーフットボール協会の審査によりディビジョン2からのスタートとなった。ただ今季は、ディビジョン1へ挑める。

 ディビジョン1の参加チーム数は12。トップリーグ時代より4枠少ない。激しくなった生存競争を勝ち抜くべく、ダイナボアーズは強化の仕組みを再点検している。

 外国人選手や他クラブからの移籍組を活用する従来のスタンスと並行し、パートナーシップを結ぶハイランダーズとの情報共有、若手選手の海外派遣にも注力する。ディレーニーを筆頭とした指導体制の整備も、新機軸のひとつだ。

 中長期的な目標は「2027年シーズンの優勝」。石井は冗談を交えて言う。

「どこかで『(今季の目標は)トップ4』と話したら、ヘッドコーチに『まだ早い』と言われました! 現実的な目標は現場に任せます。ただ、意識としてはそこ(4強)を目指さなければいけない」

 グラウンド外では、同じ三菱グループに位置づけられる浦和レッズと情報共有。サッカーJリーグの人気チームに学び、地元ファンとの関係性を深めたいとも続ける。王座という終着点に向け、自分たちだけのルートを敷く。

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