ラグビーリパブリック

【コラム】『キャプテン』の重み。

2022.07.28

フランスとの連戦はファンの心を打った(写真は第2戦/撮影:髙塩 隆)

 李承信の全身から発散される才気と活力に心を揺さぶられた。ワーナー・ディアンズのどこまでも手が届きそうなポテンシャルをたたえた奮闘に感動を覚えた。34歳、山中亮平のリアクションと判断のキレには、今こそキャリアのピークと思わせる頼もしさがあった。

 歴史的勝利にはわずかに届かなかったものの、多くの収穫を手にした今夏の日本代表のキャンペーン。ウイルス感染やケガでめまぐるしくメンバーが入れ替わる中、闘志みなぎるトンガサムライフィフティーンとアメリカ地区予選1位でW杯出場を決めている南米の実力者・ウルグアイを危なげなく退け、複数の主軸が不在とはいえワールドクラスの精鋭ひしめく欧州王者フランスをあと一歩まで追い詰めた戦いぶりは、ジャパンの地力向上とスコッド全体の底上げを実感するに十分なものだった。

 世界ランキング2位のラグビー大国に真っ向勝負を挑んで、「これはとても止まらない」という部分もなければ、「ここはまるで通用しない」と感じるシーンもなかった。どんな状況で誰が起用されても、プレッシャーに押し潰されることなくすべきことを遂行できる。過酷な合宿で築き上げてきたチームとしてのスタンダードの確かさに感心した。

 さまざまな選手が印象的な活躍を見せた今夏の代表活動にあって、個人的に感銘を受けたのはフッカーの坂手淳史だ。NDSのメンバーを中心に戦ったウルグアイとの第1戦を除くテストマッチ3試合でキャプテンを務めた。

 当初は共同キャプテンの予定だった。しかし役割を分担するはずだった帝京大学の1学年先輩でもあるSH流大が、コンディション不良で宮崎合宿の序盤にチームを離脱。結果的に今夏の活動期間のほとんどにおいて、坂手がひとりで大役を担う形となった。

 京都成章、帝京大学、そして埼玉ワイルドナイツと、これまでも所属チームで常にキャプテンを任されてきた。帝京とワイルドナイツでは優勝カップを掲げる栄誉にも浴している。リーダーとしての経験、技量のいずれも国内屈指と認められる存在だ。

 ただしテストマッチに挑む代表チームの主将にかかる重圧はまた別次元だろう。まして初めてジャパンのキャプテンとして迎えるシーズンである。2019年ワールドカップで熱狂のピッチに立ち、27のキャップを積み重ねてきた生来のスキッパーであっても、少なからずパフォーマンスに影響が及ぶのではないか――。しかし、そんな心配は無用だった。

 6月25日、宮崎合宿組のファーストマッチとなった北九州でのウルグアイとの第2テスト。開始3分に敵陣陣ゴール前でペナルティを獲得すると、キャプテン坂手は迷わずタッチへ蹴り出してトライを狙いにいく選択をした。自ら投じるスローをジャンパーの元キャプテン、リーチ マイケルにピタリと合わせ、モールを組み、相手のサイド防御が手薄になった瞬間に持ち出す。そのまま押し切ってインゴールに飛び込んだ。

 シーズン最初のゲームの序盤で、新たにキャプテンに任命された選手が最初のトライを挙げる。取った時間帯から取り方、取った人まで、これ以上ない形の理想的な1本。チームにとっても、坂手自身にとっても、このトライの意味は大きかった。よしっ、これで勢いに乗っていける。きっとジェイミー・ジェセフヘッドコーチも、コーチングボックスで拳をギュッと握りしめたはずだ。

ジャパンのリーダーシップはいま、重厚かつバランスがいい。フランス戦第2テストの一コマ(撮影:髙塩 隆)

 続くフランスとの2連戦でも、坂手は先頭に立って堂々とジャパンを牽引した。セットプレーで互角に渡り合い、ディフェンスでは代名詞の猛タックルを連発。アタックでも迷いのないボールキャリーと献身的なサポート、多彩なスキルで多くのチャンスに絡んだ。チームの代表者としてメディア対応などオフザピッチでの仕事を数多くこなしながら、芝の上では常に質の高いパフォーマンスを保ち続けた。

 インパクトの大きさなら、『レ・ブルー』の面々も舌を巻く破壊力を披露したテビタ・タタフや、国立競技場の芝にあざやかな2トライを刻んだ山中亮平に軍配が上がるかもしれない。それでも個人的には、見事に重責を果たしきった坂手のリーダーシップを、真っ先に今夏の代表活動の収穫に挙げたい。初めてキャプテンとして臨むテストシリーズで、そのことを周囲にまったく意識させなかった。それだけですでに賞賛に値する。

 所属先の埼玉ワイルドナイツで今季全16試合中15試合に出場(先発は14)し、775分フィールドに立った。しかし、話題はいつもゲームチェンジャーとして途中から登場する堀江翔太に集まりがちだった。明朗快活という表現そのものの好漢がいちいち気にしていたとは思わないが、まるで気にならなかったわけでもないだろう。一方で、国内随一のスター集団を率いる過程を通じて、坂手がリーダーとしてもいち選手としても着実に地力を高めていたのもまた確かだった。今夏のテストシリーズにおける一貫したプレーと姿勢が、その何よりの証明だ。

存在感あふれる選手たちの中で自分の立ち位置を理解し、かつチームをうまく走らせる。これもトップ選手の能力か(撮影:髙塩 隆)

 坂手が今後もジャパンでキャプテンを務めるかはわからない。秋にはケガで今回召集が見送られた主軸メンバーたちの復帰も予定されている。ただ、そこでキャプテンに指名されようとされまいと、「フランスとの2試合を含むテストマッチ3戦でキャプテンを担った坂手淳史」がチームにいることの価値は、はかり知れない。

 背負ったものの重みを知る者は、その任を離れても自分が何をすべきかがわかる。たとえ肩書きがなくとも、キャプテンの時となんら変わらぬ使命感を充満させて戦いに挑むだろう。

重責を受け入れ、成熟を続ける(撮影:髙塩 隆)