ラグビーリパブリック

【コラム】厳格さと柔軟さ。ウイルス感染管理をめぐって

2022.07.14

陽性反応で一時戦列を離れた堀江翔太。フランス第2戦に復帰、途中出場(撮影:松本かおり)

 新型コロナウイルスにかかった。梅雨の折に高熱が出て、近所の医療機関でPCR検査を受けた。翌日、医師から電話で告げられた。

 不幸にも、どこで感染したかがわからなかった。幸運にも、自宅以外での接触者に感染させた形跡はなかった。いずれにせよ、指定された10日の隔離期間のうちに予定されていたラグビー日本代表の国内テストマッチ取材は、1件、キャンセルされた。

 いくつかの症状が出た。

 まずは、陽性とわかる数時間前からの寒気と発熱だ。

 最高潮時の体温計が「38.5」。人によっては許容の範囲内に映るだろう。何より来院時に受け取った「カロナール」という熱さましのおかげか、翌日には37度台と鎮静化できた。厄介だと感じたのは、むしろその後だった。

 喉が壊れたかと思った。口腔の奥底が火事になったとも、華道の剣山で押しつぶされたとも取れた。痛みの波は、咳が出るたびに最高潮に達したような。

 2020年以降、報道や伝聞で「通常の風邪とは違った喉の痛みがある」と認識してはいた。それはこのことか、と感じた。

 喉の状態が悪化した夜になかなか寝付けなかったせいか、その翌日以降はしばらく頭をぼんやりとさせた。せっかく体調が戻ったのだから、家でできる仕事を片付けようとは思った。ところが、起き上がっては睡魔に襲われるのを繰り返す。素直に寝てみたら、大変に気持ちがよいのもまた…。

 何より気が滅入った。ここ2年間、感染者が自宅療養中に容態を急変させるケースをニュースなどでさんざん聞いてきている。ほんの少しでも鼓動が強まったり、同居人への感染が分かったりするたび、焦燥感や罪悪感を覚えた。この件でメッセージがあるとしたら、「誰も感染しないに越したことはない」の一言である。 

 日本代表の選手数名が抗原検査で陽性と診断されたのは、筆者が復活して間もない6月26日以降のことだ。

 7月2日のフランス代表戦では、最低でも4名の選手がメンバー入りの権利を失った。ただし今度のピンチに直面しても、チームは試合ができた。専門家の指示を仰ぎながら、感染症にまつわるプロトコルを変質させていたからだ。

 主流となっているPCR検査では、陽性判定が出るやその人の濃厚接触者まで指定され、揃って隔離生活に移る。そのため日本代表は、症状が出た選手を対象とした抗原検査を重用。藤井雄一郎ナショナルチームディレクターは強調した。

「日本はコロナに対する報道も昔からほとんど変わってないんですよね。ただ世界のスポーツ界でのコロナへの対応は、変わっています。今回、ラグビー界が新しい取り組みをして試合ができました。感染症の先生と密に連絡を取りながらやっていて、私たち素人が勝手にやっていることではない。極力、試合を止めないようにしていく動きに変わっていっているというのが、世界の状況。それをもう少し、メディアの方にもわかっていただきたいと思います」

 日本代表は2020年、感染リスクへの慎重な態度から一切の代表活動をおこなわなかった。そのためジェイミー・ジョセフヘッドコーチも、23年のフランス大会に向けた強化は「遅れている」と認める。

 現状の収穫や課題を抽出したり、新戦力を発掘したりできる強豪国との対戦機会は、何としても確保しなければならない。まして他国も同種の取り決めで動いているのなら、チームの動きを止めないよう舵を切るのは自然な流れだ。

 同時並行でなされるべきこともある。それは、万が一、罹患を抑える準備と罹患が発生した場合の適切なケアだ。

 日本代表は6月3日からの活動期間中、昨秋のツアーまで制限していた外出を部分的に認めていた。全く問題がなかった最後の日と見られる同月25日を前後し、当時活動していた北九州の街では散策する選手の姿が確認されている。

 今回は、それがチームでよしとされていた。第三者が咎める筋合いはなかった。某クラブの関係者が「保健所には、誰から誰に感染したということは誰にもわからないと言われた」と証言するように、外出の有無と検査結果は必ずしも紐づかない。

 ここで筆者が注目するのは、今後のルール作りに「誰も感染しないに越したことはない」という視点がどこまで組み込まれるかである。

 いくら選手が筆者以上に成熟していたとしても、勝負の時に流行のウイルスが体内に入ったと知れば驚き、不安と無縁ではなかろう。さらに身近な仲間が「陽性」と診断されれば、周囲が「もしかして自分も」と身を案じても仕方がない。

 いまのスポーツチームに求められるのは、感染者が出ても無事に試合をおこなう仕組みづくりと、選手の感染への不安を最小化する環境整備のふたつではないか。それは相反するものではなく、両立しうる。

 改めて言う。昨今の潮流を考えれば、以前のような厳しい行動抑制は確かになじまない。あくまで、これから現場が導く最適解に注視したいというのが、本稿の立場だ。

 何よりチームの動きをファンに伝える報道陣は、別側面から現行ルールの厳しさに疑問を抱いている。

 7月2、9日の対フランス代表2連戦では、メディアが選手の肉声を聞くミックスゾーンがあった。代表戦にあってこの方式が採られたのは、2019年のワールドカップ日本大会以来となる。

 ただし、チーム活動で抗原検査が用いられているのに対し、ミックスゾーン行きを希望する報道陣はPCR検査の陰性証明を求められた。日本代表のチーム方針というより、日本代表を支える日本ラグビーフットボール協会(日本協会)の判断からなる。

 PCR検査は、ひとたび陽性になりながらも全快した被験者に陽性判定が出るほどの精度を誇るようだ。筆者を診断した医師は、こう話していた。

「一度、陽性になったら、治ってからもしばらくはウイルスのかけらなどが反応して、陽性になる場合がある」

 その場合の「陽性」には、他者への感染リスクは皆無。そのため筆者は日本協会の広報部へ「診断書があれば問題ないのでは」と問いかけた。

 回答は、「今度のミックスゾーンの入場可否は、(検査の)結果で判断するしかない」だった。

 2日の試合に向けた6月30日の検査が「陰性」と判定された時は、本当に、安堵した。

 いまの日本協会の広報部は、必ずしも閉鎖的とは言えない。2日のミックスゾーンに現れた選手が3~4名であったことを記者団に指摘されると、9日には「原則6名が対応。それ以外の選手へも声掛けが可能」と状況を改善させてくれている。

 個人的には、代表合宿の序盤に個別のオンライン取材も調整してもらっている。SNSに注力するなかでも、第三者を介した情報発信の意味や価値を理解しているとは取れる。

 それでもチーム内部と同じように、ウイルス対策にまつわる厳格さと柔軟さとのバランスをとるのに苦慮しているようなのだ。藤井氏は語る。

「自分たちは勝つことでファンを増やしていく。広報がどう売り込んでいくか(を考える)。お互いに協力しながらやっていくしかない」

 7月9日、東京は国立競技場。対フランス代表2戦目のキックオフが近づく。

 試合後に必要な陰性証明を片手に記者席へ入った筆者は、両軍フィフティーンの「黙とう」に立ち会う。前日、首相経験者が凶弾に倒れる事件が起きたためだ。

 命は重い。そしてその重さは、その人の功績や業績の質量によらない。

「JX通信社/FASTALERT」によると、2022年7月12日23時55分時点での新型コロナウイルスによる死者数は「31,469人」に及ぶ。