過去の対戦数でやっと両手に届くような強豪を国内に迎える特別な2週間が終わろうとしている。千葉県浦安市の閑静なマンション街の一角、芝が日差しに灼けそうなグラウンドで連日、フランス代表が練習を重ねていた。
メニューの区切りをスコッドに伝える大きなホーンは、クルマのクラクションのような音色だった。
週なかの練習にはチームの文化が表れて面白い。
まずもって、ミッドウィーク公開日の練習は90分間がフルオープン(試合前日は別)だった。あけっぴろげだ。
ラインアウト練習。毎回、1スローずつが攻守全員の5㍍ダッシュからスタートする。
グラウンドでの各メニューはどれも実戦に近いスタイルで「いかにもフィジカルを」「誰が見てもハンドリングを」狙って見える練習はまれだ。たとえば、スピードトレーニングもラインアウト練習の中の反復動作に組み込まれている。
「少ないフェーズで一気呵成にトライを取り切る」
「サポート時の際のスピードで相手防御を切り裂く」
やりたいラグビーのコンセプトは、実戦的な練習場面の中に埋め込まれている。それでいて、たとえ5㍍のダッシュ動作であっても、ほとんどの選手が100%で臨むのが印象的だった。
そしてもっとベースのところでフランスを、ラグビーを感じさせてくれたのは、ファビアン・ガルティエ監督のフレンドリーさだった。
ガルティエ監督は断じてソフトな指導者ではない。2023年自国開催ワールドカップへ向けて、不作の続く代表チームを託されたのが2020年。かつてスタッド・フランス、トゥーロンなどのクラブでは尖ったキャラクターで周囲に接し、「必要」とあらば選手を、言葉で態度でとことん追い詰めることもあったという。64キャップ中24試合で代表主将を務めた選手時代はメディアを寄せ付けないオーラもまとった。
一方で、今の代表では若い選手がぐんぐんと成長している。日本ツアーでも20代前半の選手たちの頭に初めてのキャップを次々と載せた。本大会への選手層を厚く、幅のあるものにしていくプロセスを私たちは今、目にしている。
若者たちへのガルティエの目線が垣間見えたのが、日大ラグビー部員との接し方だった。
日大は縁あってこの2週間のうち2回、フランス代表の練習に呼ばれパートナーとしてプレーした。参加したのは各日20人ほど。中野克己監督は「願ってもないこと」とオファーに即応した。
練習参加の日、ガルティエはフランス代表メンバーがフィールドに出る前から直々に(!)日大生たちを集めて、練習の意図を説明した。もちろん、自軍の代表の練習をより密なものにするための仕込みに違いないが、言葉の壁もある極東の国の大学生たちの輪にすっと入っていく姿には、親しみが感じられた。
これが恐れられたあの「鬼コーチ」だろうか。
練習では学生たちがそのプレーにも感銘を受けていた。
主将のNO8平坂桃一は、代表選手たちのパワーやサイズよりも反応の機敏さに驚いた。「やるように言われたプレー(アタック)はごくシンプルなものでしたが、こちらが抜けそうになることもあった。ただ、実際は抜けそうで抜けない。反応してその穴を埋める動きがめちゃくちゃ速かった」
SH前川李蘭はディフェンス側に回った時に気がついた。「あ、これって(第1戦で)ジャパンからトライ取った動きだ…!」。スクラムからのムーブだ。「誰かがどこかで割り切って詰めないと止められない。そこに裏のキックまでがセットで加わっているので、とても止めづらい」
2週目、2回目のセッションでは、日大生がフランス代表の練習中の円陣に加わっているのが微笑ましたかった。フランス語を聞ける選手は誰もいない。だからこそ前のめりで、耳を傾け、瞬きも惜しそうに。その姿勢に応えたものか、全体練習が終わった後に、また、ガルティエ監督が学生を集めた。
再び、円陣。今度は日大生の中に欧州王者のヘッドコーチが一人加わる格好になった。今度はリエゾンの富田さんを挟んで、ガルティエは語りかける、1分、2分…。学生たちはこんなふうに受け取った。
「この2週にわたって私たちと練習をしてくれてありがとう。お互いに、とてもいい経験になったはず。今週末は、きっとフランス代表を応援してくれるよな?」
小さな輪が笑いに包まれた。来日時世界ランキング2位、シックスネーションズ全勝優勝の指揮官と、日本大学ラグビー部が一緒に笑った。「よーお」、パン。最後は一丁締めまで付き合った。
二日後、第2戦へ向けたメンバー発表会見での指揮官は試合前の静かな緊張感をたたえてメディアの前に現れた。また、元のガルティエだ。
7月9日、観衆で埋まった国立競技場で日本はフランス戦を体験している。ジャパンが強国と戦う貴重な機会を共有している。2019年大会で日本全体が理解したように、それが国内で行なわれることに、大きな意味がある。何よりも得難いのはこの、今の、あなたの体感だ。浦安で日大生がガルティエと笑ったことも、この先の日本ラグビーの小さくない糧になっていく。