ラグビーリパブリック

リアル版『ノーサイド・ゲーム』始まる。星野明宏氏、東芝ブレイブルーパス東京でプロデューサーに就任

2022.07.04

U18日本代表監督経験あり。静岡聖光学院校長から、リーグワンチームの幹部へ


 前・静岡聖光学院校長の星野明宏氏が、7月1日付で東芝ブレイブルーパス東京プロデューサーに就任した。星野氏は異色の経歴の持ち主。立命館大学卒業後は大手広告代理店で働き、のちに教師となってラグビー指導に没頭、チームを全国大会常連校に引き上げると40代は学校経営で手腕を振るった。2019年以降は並行して静岡県ラグビー協会の法人化(一般社団法人)なども手がけた。今度は日本ラグビーの名門チームで何を具現化していくのか、新しい役職の「プロデューサー」の仕事についてきいた。

――校長先生から、リーグワンのクラブ経営の側へ。大きな転身ですが、静岡県ラグビー協会でのプロジェクトなどでも、すでにラグビー界全体を見たアクションを起こしてきていますね。

「学校の改革という仕事では一区切りと言えるところまで来たかなという実感がありました。かねてスポーツビジネスには近いところで働いてきて、自分にできることがあると感じていた。実家家族の都合もあって、東京に戻ることになりました。4月からブレイブルーパスに同行して、トップチームを中から見る機会を得ました。薫田さん(真広/東芝ブレイブルーパス東京(株)GM)に3月に声をかけていただいたのがきっかけでした」

――ご自身、若くなった印象です。

「これまでも充実した時間を過ごしてきたつもりですが、今、すっきりしていますね。思い返せば40代は、学校という組織のミッションに生きてきました。ここからはまた自分のミッションを遂げていきたい思いはありました」

――プロデューサーという役職、他チームにはありません。

「なぜ私が東芝ブレイブルーパス東京に惹かれたか。ここには確固たる『イズム』があると思えたからです。例えばGMである薫田さんの考え方。そして荒岡社長(義和)の存在。このチームはこれを大事にするという思考の軸、哲学がある。これは、ありそうでなかなかないこと」

ラグビー界、教育界で異色の改革家、リーグワンへ

「荒岡社長は本来バリバリの営業マンで、中部支社長(東芝インフラシステムズ(株))まで務めた方。退路を断って勝負すると法人化されたチームを引っ張ってきて、今では公私ともラグビーにしっかりコミットされている。私、ここ(府中グラウンド)に立ったとき、あれ、これってリアル版の『ノーサイドゲーム』だなって思ったんです。主役は荒岡社長と薫田さん、チームで働く方たちと選手たち。つまり、もう役者は揃っている。私は黒子として、皆さんが力を出し切れる状況を作る」

――薫田GMとは同じ部屋で机に向かっているのですね、

「薫田さんに対する私の印象は、有言実行。言葉を大事にする人。私がU18日本代表監督を打診されたときに、強化に関するある環境を整えてほしいと条件めいたお願いをしたのですが、それをきっちりかなえて。さらに、高校ラグビーのカレンダーについての課題についても、やると言って動いてくれた。これも、ラグビー界ではありそうでなかなかないこと。非常に頼りになる、突破力のある方」

「私は、この二人のリーダーの考えを実現するお手伝いをする立場です。振り返ってみれば、私がやってきたことはいつもプロデュースだったと思います。代理店、静岡聖光のラグビーも学校づくりも、高校の代表チーム、県協会の仕事もそう。そこにいる人のポテンシャルを信じて、力を発揮できる環境を作って、そのメッセージを外に発信して相乗効果を生み出したい」

――新しい法人が、旧来の体質を引きずっていることはないですか。

「古い新しいではなく、今取り組んでいる仕事にかなうよう、僕らが発想を変えていくだけです。1年目は、JリーグやBリーグといった他競技の知見をフル活用していた。これはリーグもチームも手探りで、仕方のない部分がある。ただ、これ以降は、ラグビーの本質的なものを伝えていく。それは2019年のワールドカップで、にわかと言われた多くのファンが僕らに教えてくれた一番の財産です」

「まずはマインドセット。東芝ブレイブルーパス東京は事業会社になった、というとまだふんわりしている。私たちが進めるのは中身からすれば、興行の会社、エンターテインメントの会社とも言える。そこに意識を合わせて発想すれば、もっと良くなる」

――チームはエンタメ会社、ですか。

「ラグビー村の人たちはラグビーが大好きです。でも私たち『中の人』が考える魅力と、ラグビー村の外の人が感じる魅力には、ちょっとズレがある。一つ、スポーツエンタメの鉄則をお伝えすると『最も退屈な試合に基準を合わせて演出せよ』です。これは代理店時代に格闘技の興行をしてきた経験から。運営側は、リング内のパフォーマンスをコントロールはできません。それでもお客さんには繰り返し来てほしい。だから、試合内容が仮につまらなくても、お客さんが『来てよかった』と思えるだけの演出を工夫する。格闘家一人ひとりの背負ったストーリーが大きなポイントになります。最高の試合は、彼らが戦う前からもう泣ける。ラグビーマンはもっとストーリーに満ちています。これが外から感じるラグビーの魅力の一つです」

――まずは、どこから始めますか?

「このチームで働く人が楽しんで取り組んでもらえたらと思います。ラグビーの仕事で億万長者になれるわけではいない。ずっとここで踏ん張ってこられた人には、きっと原点にそれぞれの思いを持っているはず。それを、私にも共有させてほしい。できる限り一緒に働く皆さんの声を聞かせてほしいと思っています。その中で自分も原点に返ったり、気づいたりすることがきっとある。それを一緒に作っていきたい」

――人にアプローチするのですね。

「人、人、人ですよ。間違いない。エンターテインメントは絶対に人です。いい人がいれば、いくらでも共感されるものを、作れると思っています。ブレイブルーパスは法人化したのに大して代わり映えがしない、と見られている節があるけれど、私はここへきて、社長はじめ皆さんに覚悟を感じました。それが、4月以降のチームの上昇に表れた。あの躍進には土壌があるんです。根拠がある。そして、最後に敗れてしまったことにも根拠はある。これは、私たちのようなマネジメントの立場の人間からすれば、宝の山です。それから――選手にはラグビーをぜひ、ファーストキャリアにしてほしい」

――ファーストキャリア。今こそが最も輝く時だと。

「今の選手はみんな、セカンドキャリアはどうする? なんて心配している、怯えているように思えます。引退後のことを心配しすぎるのも良くない。ラグビーが持つチカラ、信じてとことん体現してほしい。そして、社内、社外から『早く引退してウチに来てくれ』ってオファーが届くくらいになってほしい。目の前のファーストキャリアにどんな価値があるのか、自分はどんな人間になりたいのかを意識して生活してほしい。外国人のコーチが持ち込んだプログラムを漫然と消化するだけの選手になってほしくない。選手の生き方は、チケットを買ってくれるファンの共感に直結するのです」

 人の潜在能力を信じて、発揮させて、発信する。過去トップリーグ優勝5回の名門が、プロデューサーのもとでどんな光を放つか。プレシーズンもチームは多くの発信をしてくれるはず。変わり続ける東芝ブレイブルーパスに注目しよう。

PROFILE

ほしの・あきひろ。

1973年3月4日生まれ。東京都出身。桐蔭学園中高→立命大→(株)電通→筑波大大学院→静岡聖光学院中学校・高等学校。いわゆる寮監の教員としてスタートし、社会科教師に。教頭、副校長を経て2019年に学校長に就き、数々のプロジェクトで学校改革を成し遂げた。新型コロナ感染が広がると、全国一斉休校の初日からという異例の迅速さでオンライン授業を実装した。2021年には一般社団法人・静岡県ラグビー協会を立ち上げ、代表理事に。2022年7月より現職。著書に『凡人でもエリートに勝てる人生の戦い方。』 (すばる舎)。

ラグビーにおいては中学校でプレーを始め、高校まで全国経験はなし、立命大では9軍からのし上がって3年時にレギュラーを掴んだ。教師となって静岡聖光学院を初の全国大会出場に導き、U17日本代表監督(2015、2016年)、U18日本代表監督(2017年)なども務めた。

Exit mobile version