ラグビーリパブリック

【コラム】ひらけ、リーグワン。

2022.06.02

クラブはプロに近づいた。リーグはどうか(写真は5月8日のヤマハスタジアム/撮影:福地和男)

 JR千駄ケ谷駅を降りて改札を出ると、スポーツファンの熱気が満ちていた。2022年5月29日、駅の向かいの東京体育館はバスケットボールのBリーグファイナルのゲーム2、奥にそびえる国立競技場はラグビーのリーグワンファイナルの舞台となっていた。

 琉球ゴールデンキングスの金や宇都宮ブレックスの黄、埼玉パナソニックワイルドナイツの青に東京サントリーサンゴリアスの黄。色とりどりのユニホームやジャージを着た人々が一帯を行き来する様子を見て「やっとこういう景色が戻ってきた」と感慨深かった。昨夏の東京五輪は無観客で開催。競技場周りは動線が制限され、開閉会式の時は五輪反対のシュプレヒコールばかりが聞こえた場所だ。

 二つの決勝はほぼ同じ時間帯に開催された。同時に観戦しようと思っていたファンは少ないかもしれないが、せっかく隣接する会場だったのだからそれぞれの競技を互いのファンが知り、応援しあえるような仕掛けがどこかにあったらなお素敵だったように思う。

 今シーズンから私はバスケも担当している。6年目となったBリーグの各クラブが、地域に根付こうとする姿を新鮮な驚きをもって見つめてきた。

 たとえばB1に昇格したばかりの群馬クレインサンダーズ。熊谷市に移転する前のワイルドナイツの練習拠点だった太田市をホームとしている。

 試合取材のため、太田駅から会場の体育館までタクシーに乗ると割引が適用された。運転手さんに聞くと、太田市が差額を補助しているとのこと。クラブや親企業、自治体が一体となって建設している新アリーナは来春に完成予定という。私にとって太田はワイルドナイツの街だったが、こうやってスポーツを軸に街が変化していくことは地域や住民にとってポジティブな事象だと思った。

 会場の前では地元の高校生の発案で、レモネードが販売されていた。小児がん患者を支援する取り組みという。その高校生はバスケをやっているわけではないが、学校の体育館でサンダーズの選手が練習している姿を見てクラブを知り、思い切って問い合わせてみたのだという。選手やファンでなくても、スポーツチームの存在が若い人の成長のきっかけになっている事実はほほえましかった。

 チームによって濃淡はあれど、地域密着やファンへのアプローチという観点で、2016年にプロ化に踏み切ったバスケからラグビーが学ぶべき点は多い。

 さて約3万3千人が詰めかけたリーグワン決勝で、私は気になることがあった。「おわびチケット」で入場した人たちはどんな心境で観戦したのだろうか、と。

 試合当日に中止が発表された5月のリコーブラックラムズ東京—NTTドコモレッドハリケーンズ大阪(秩父宮)。リーグ内部のコミュニケーションエラーによって両チームとコロナ対応に関する意思疎通が図れず、両者の最終戦は取りやめとなった。当日朝に決定されたにもかかわらず、発表は正午前まで遅れ、特に遠方から来たファンに多大な迷惑をかけた。

 自らの責任を認めたリーグはおわびとして、交通費や宿泊費を補償しない代わりに、3位決定戦と決勝のチケットを贈呈する形をとった。

 このおわびチケット、リーグの発表と同時にSNSでは批判が集まった。なんで当該チームのカードではないのか。決勝チケットをすでに買っていた人はどうすればいいのか。リーグにとって都合のよすぎる「おわび」ではないか……。

 決勝を観戦したファンに聞いてみると、「複雑な気持ちはある」としながら、「純粋にラグビーが好きだし、リーグが盛り上がってほしい」「何もないよりはよかった」と前向きな受け止めだった。

 リーグがこういう施策を打ち出せば賛否は集まって当然だ。しかし、このチケット贈呈を巡る問題の本質は、ファンの心にモヤモヤが残るかもしれない決断に対して、リーグ側が進んで対外的な説明をしないところにあると感じた。

 東海林一専務理事は5月30日のリーグワン表彰式の後に報道陣の取材に応じ、チケット贈呈はリーグ側が提案して両チームが了承、実行委員会とリーグ理事会で承認されるというプロセスをとったと説明した。ただ議論の過程などの詳細までは語る時間がなかった。

 リーグワンの実質的なトップは、ロッテホールディングス社長を務める玉塚元一理事長ではなく、東海林氏である。スポンサー獲得からコロナ感染を巡る試合開催の可否まで、1年前に就任したばかりの専務理事にかかる責任と負担は重い。だからか、ファンの心情に配慮してそれぞれの決定の背景を丁寧に報道陣に説明する時間はほとんど取れていないのが、1年目のリーグワンだった。

 バスケのBリーグは月に1度の理事会のたび、島田慎二チェアマンが記者の質問に答える機会を作っている。チームの不祥事が発覚した際も、トップが記者会見を開き説明の場を設けた。完全ではないだろうが、なるべく情報をオープンにしてクラブや報道陣の先にいるファンに事情を理解してもらおうとする姿勢は伝わってきた。

 冒頭の決勝前日、ある光景を目にした。Bリーグファイナルのゲーム開始の1時間ほど前、東京体育館の前で島田チェアマンがファンの方々と談笑し、記念撮影をしていた。10分ほどだったが、私にはリーグとファンの距離の近さを反映しているように思えた。

 静岡ブルーレヴズの会場に行くと、チームスタッフに転身した五郎丸歩さんが試合前から試合後まで文字通り、走り回っていた。試合前後はファンにあいさつして一緒に写真を撮り、試合中はラジオに出演してハーフタイムは子どもたちとのゴールキックイベントを先導していた。あれだけの人気者が、ファンに「もう一度見に来たい」と思わせるために必死に努力していた。来季のブルーレヴズは今季以上の観衆を集め、組織力を高めたクラブに成長するだろうと思わせるに十分な光景だった。

 東海林氏は「リーグが何を目指すのかが皆さんに伝わっていない。全体としてはまだまだ途上」と1年目を総括した。決勝でトップリーグ時代を通じて過去2番目の観客数を記録したからといって「終わりよければ……」で済ませられないほど、疑問符がつく判断や出来事があったのは確かだ。

 ファン目線を忘れず、他競技の好例から学んで、積極的に情報をオープンにする。「リーグワンは変わった」と言わせる2年目にして、今季のいくつかのつまずきも成功への糧に変えてほしい。