これぞラグビー。中京大学の神宮寺徹(じんぐうじ・とおる)HCは、ブラインドラグビーの奥深さにたちまち魅了された。
視覚障がいのある人とない人(晴眼者)が一緒にプレーできる「ブラインドラグビー」。2015年にイングランドで考案され、日本では2019年に協会が設立されたラグビー界の新競技だ。
日本はブラインドラグビーの先進国だ。
2019年10月には埼玉・熊谷で世界初のテストマッチ(日本代表×イングランド代表)がおこなわれ、2022年3月には東京・駒沢で世界初の国内大会、5月には大阪で初の東西対抗戦も開催された。
山梨・日川-法大-日本IBMでプレーした神宮寺HCは、山梨学院大学HC時代の教え子からの依頼でブラインドラグビーに関わるようになった。現在は日本初のブラインドラグビー専門チーム「ぶららぐ東海SunRabbits愛知(サンラビッツ)」の監督も務めている。
サンラビッツの指導現場に立った神宮寺HCは、まずブラインドラグビーにおけるコーチングの難しさにぶつかり、大きなやりがいを覚えた。
「晴眼者にとっての『前』は、視覚障がい者にとっての『前』じゃないんです。たとえば全盲の人であれば、そもそも『前』を見たことがない。まず『前』を定義づけることから始めなければいけませんでした。相手の立場に立ってコーチングをしないと進まない。コーチとして本当の『プレイヤー・ファースト』を捉えなければコーチングができませんでした」
神宮寺HCは網羅的なコーチング経験を強みとする。
これまで大学(山梨学院大HC、埼玉医科大学HC、法政大学等)や高校(日川高、市立船橋高、千種高)、ジュニアなど各グレードを指導。女子チームや社会人クラブチーム(SupermanRFC)にも関わった。
2019年にはインド代表監督も務めた経歴の持ち主は、コーチング現場としてのブラインドラグビーを「めちゃくちゃおもしろい」と思った。競技としての魅力にも惹かれた。
「ブラインドラグビーでは、晴眼者が『ここにいるだろう』という期待を込めたパスをしても通りません。本当に弱視のプレイヤーがパスを取れるのか、パスの種類、距離、強さも考えなければいけません」
視覚障がいは大きく「全盲」と「弱視」(ロービジョン)に分かれ、弱視の人は100人いれば100通りの見え方があるという。つまりパスをする相手が弱視の人なら、その人の「見え方」をしっかりと把握した上でパスをしなければつながらない。
「ブラインドラグビーでは、味方のことを本当に考えてあげなければプレーできません。自然と『味方のためにプレーする』という動きになってくるんです」
ブラインドラグビーのルールは、1チーム7人(視覚障がい者は5人以上、晴眼者は2人まで)で10分ハーフだ。
コンタクトの代わりにタッチがある。攻撃側はタッチをされたらボールを置き、守備側は5メートル下がる。タッチ6回で攻守交替。ノーコンタクトがルールだが、試合ではぶつかってしまうことも珍しくない。
フィールドは15人制より小さい縦70メートル×横50メートル。トライ後はHポールの位置を手拍子などで教えてもらいながらコンバージョンを狙う。
そのほかボールに音の鳴る鈴が入っていること、指示専門のガイド役が配置できること、晴眼者はトライができない等、ブラインドラグビーならではのルールが競技をおもしろくしている。
プレイヤーにとってもブラインドラグビーは魅力的だ。
サンラビッツの会長は草野健二さん。2019年にブラインドラグビー日本代表としてイングランドと戦った現役プレイヤーでもある。
草野さんは30代で網膜色素変性症により視野が狭くなり、現在は「5円玉を覗いているような視野」だ。しかし中高でバレーボールを経験したスポーツマンで、グランドソフトボールやブラインドボクシングも楽しんできた。
「グラウンドを思いきり走れるのはブラインドラグビーの魅力です。守られた場所なので思いっきり走れます。多少怖いなとは思いますが、安全面の配慮はあるので思いきってやっています」(草野さん)
ラグビー経験のない草野さんがブラインドラグビーと出会ったのは2019年。ブラインドラグビー日本代表のセレクションがあると知り、応募したことがきっかけだ。
その後、本格的にブラインドラグビーに関わるようになった草野さんは、中京大の神宮寺HCと出会い、愛知で「ぶららぐ東海」として練習会がスタートした。2022年3月27日には世界初となるブラインドラグビーの全国大会を控えていた。
全国大会へ向けて、神宮寺HCはブラインドラグビーでは主流だったタテ突進を重ねるスタイルではなく、ヨコ展開を織り交ぜたスタイルを志向。7人それぞれの役割も明確にした。ディフェンス練習ではゴムのチェーンでお互いを結ぶなど、試行錯誤の連続だった。
「ロービジョンの選手はグラウンドの平衡感覚を掴みづらく、まずディフェンスの練習が難しい。縦と横を揃えるためにゴムのチェーンでお互いを結び、ワンラインでまっすぐ前に出る練習をしました。手首に付けたゴムの揺れで、お互いの距離感などがわかるんです」
「効果的なディフェンスのためにグラウンドは5分割して、1から5の数字を振り分けました。システムとしては『5番にファイヤー(前に出るディフェンス)』『1番にウォーター(スライドディフェンス)』といった具合のディフェンスです」(神宮寺HC)
迎えた3月の全国大会で、メンバー5人が参加した「アプローズ」(愛知・関西・新潟の合同チーム)は見事日本一に。神宮寺HCは優勝監督となった。
大会後の2022年4月には正式に「ぶららぐ東海SunRabbits愛知」を創設。約10人のメンバーで月1回、愛知県内で練習をおこなっている。年齢層は20代から50代と幅広い。
チームの目標は多い。まずはホームグラウンドを確保すること、所属部員10名以上を確保すること等。ブラインドラグビーの体験会も年4回は独自開催していきたい。
大きな夢もある。チーム単独でのイングランド遠征だ。
「いずれは単独チームで発祥国のイングランドに行って、イングランドを倒したいですね。チームのみんなは『世界を目指そう』という言葉にハマっています(笑)」(草野さん)
もちろん競技力は高めていくが、同時に、視覚障がい者が気軽に参加できる場としても機能していきたい。
たとえば視覚障がい者の家族が「サンラビッツの練習に行くなら」という理由で、仲間との外出を快く認めてくれるような。
「家族の手を借りないと外に行けない、という人が多いのが実情です。僕の目標は、サンラビッツのラグビー仲間が『僕が練習に連れてってあげるよ』という環境をつくること。家の人も『ラグビーの仲間と行くならいいよ』と言ってくれるような関係が築けたら、と思っています」(草野さん)
神宮寺HCには、まずは知ってほしい、という願いもある。
「やはり『知る』ことが重要だと思います。こちらで壁を作ってしまうとサポートの仕方もわかりません。視覚障がい者の皆さんに関わると、ここまでの補助は必要、この先は不要、といった“配慮と遠慮”の加減がわかります」
そんな配慮と遠慮のバランスを知る機会がある。
5月15日には愛知・東海学園大学でサンラビッツの練習会(体験会)が開催された。今後も開催予定の体験会は、視覚障がい者はもちろん晴眼者もウェルカムだ。
ブラインドラグビーは関わる人に感動を与える。草野さんはパスが次々につながっていく感覚が好きだ。
「パスがいくつもつながって、どんどん動いていく時はすごく嬉しいですね」
サンラビッツは「さまざまな壁を乗り越える 日本一ボーダレスなチーム」をモットーに掲げる。神宮寺HCは、全国大会の決勝戦で突然訪れた「ボーダレスな瞬間」が心に焼き付いている。
「全国大会の決勝戦のことですが、晴眼者のプレイヤーが、頑張ってサポートにきていた弱視のプレイヤーに思いっきりスクリューパスを投げたんです。そのパスを受けた弱視のプレイヤーはノックオンをしました」
最低限の配慮はするけれど、遠慮はしない。それがサンラビッツのルールだ。
そのパスには、確かに遠慮も配慮も欠けていた。だだ――
「晴眼者が思いきりスクリューパスを放ったとき、私は瞬間的に『愛情―!』と叫びました。しかし、すぐに晴眼者の彼は本当の仲間だと思ってパスしたな、壁を越えたんだ、と思いました」
視覚障がい者だから、という心の壁はそこになかった。
多種多様な人間がボーダレスにつながり、トライを目指す。これぞラグビーという感動を覚えた。
「サポートに来ているから取れるだろう、というチャレンジも込めたパスでした。その瞬間、仲間の中ではボーダレスなチームとして戦っていて、これぞラグビー、と思いました」
壁を取り払った先にあるボーダレスな世界で、トライを目指して楕円球をつなぐ。太陽の下、ウサギのように自由にフィールドを駆け巡りたい。サンラビッツが描く未来は限りなく明るい。