託されたボールをリラックスしてキックアウト。長い長い戦いが終わった。5月8日、花園近鉄ライナーズと三菱重工相模原ダイナボアーズのゲームは34-22でノーサイド。この瞬間、花園Lが、来季リーグワンのディビジョン1への昇格を決めた。2017年シーズン所属以来の最高峰リーグ復帰となった。
異変があった。ボールを蹴り出したSOクウェイド・クーパーはオーストラリア代表75キャップ、世界有数の10番だ。駆け寄るチームメートを笑顔で受け止めた。しかしその後、周りを両手で制して「落ち着け」と、冷静な表情でメッセージを発した。
「叫んだり、飛び上がったり、水をぶちまけたり、そういうことはしないでおこうと伝えました。旅は終わってない、これが旅の始まりだろう?」
約1時間後、会見室に現れたクーパーは、グレーのバケットハットの短いつばの向こうから記者たちの目を見据えて、静かに話した。
トップリーグ2020から3シーズンをかけて果たした昇格。今季は大黒柱のクーパー自身にケガもあった。相模原DBとはシーズン三度目の対戦。これまでの2戦では敗れている。1月10日の開幕戦は14-25、3月12日のホーム戦は10-15の激しいゲーム。そして自動昇格のかかった三度目に勝った。その試合がシーズン最後の80分になった。喜びが爆発して当然の瞬間だっただろう。
それを一人で抑え込んだ。スポーツ指導者ならリスクを背負うアクションだ。選手が最も嫌がることの一つは感情を強制されること。うれしい、悔しい、悲しい気持ちを押さえつけられたら、選手はだいたい反発する。かつて「天才」と「悪童」の両方のニックネームを欲しいままにしたクーパーだ。その気持ちは重々知りながら、それでも周りを諌めた。
この日プレーヤー・オブ・ザ・マッチを獲得した片岡涼亮からは「パパ」と呼ばれる別格のリーダーだ。チームメートには惜しみなくアドバイスを授け、厳しい指摘も厭わない。成長のために真剣に親身になってくれる存在は昨夏、さらにオーラを増した。4年ぶりにオーストラリア代表に招集され、低迷していたワラビーズを蘇生させた。南アフリカを28-26で破ったゲームで活躍、その後の欧州遠征にもリクエストが入った。しかし、クーパーはライナーズとの契約を優先してさらっとこのオファーを蹴った。仲間はもちろん、東大阪市民のハートをわしづかみにする決断だった。
そして5月8日、悲願成就の瞬間に出たとっさのリアクションで、チームの歴史になった。
「もちろん、ライナーズにとって特別な瞬間だってことは分かっていた。ただ、すぐそばに違う立場の人がいる。負けて、傷ついている人がいるだろって伝えた。過去2戦で自分が学んだことです。そのうえ彼らは、この先また1か月も戦い続けなくちゃならない。三菱を支えてきたファンだって見てる。これ見よがしに喜ぶことはない。第一、そんな喜び方をする必要がない。俺たちは、勝つべくして勝ったのだから。セレブレーションは、チェンジングルームに戻って、自分たちだけでやればいい。特別な瞬間だって、分かってましたよ俺だって」
ラグビーでは、リベンジとはこのようにするのかと学んだ。悔しくて、もがいて、技や力や結束をとことん磨いたら、殴り返すはずだった相手が敵でなくなる。友になることも。だからフィールドでも、本当に相手の心や体を壊しにいくことはしない。
今季の初戦が印象的だったという。
三菱に14-25で敗れたあと、やはりチームメートに語りかけた。
「本当に勝つべき時に勝てばいい。今は初戦だ。これからその時までに、勝てるチームになっていこう」
「41週間の旅」(クーパー)を経て、チームは大きく成長した。
自身が手のケガで欠場した3試合が大きかった。8節からの三重ホンダヒート、日野レッドドルフィンズ、釜石シーウェイブス戦を全勝で乗り切った。
「ウィル(ゲニア/SH)もいない中、若い選手がタイトな試合を勝ち切った。ハートも強くなった。ケガをしてよかったと今は思えます。自分にとってもリフレッシュになった」
来季の契約については「具体的にはこれから。要らないよって言われるかもしれないし」とメディアを笑わせ、かわした。3年の契約は延長の可能性が高い。
「ウィルとは、面白い1年間だったねとさっき話しました。この3年の間には難しい時期もありました。選手はもちろん、チーム組織もスタッフも成長した。長くチームに在籍してきた人たちが喜ぶ顔を見たら、こちらまでグッとくるものがあった。家族のような気持ちに、なりました。これは旅の始まり。上がるだけではなくトップに居続けなければならない。そしていずれは日本一が目標になる」
Division1 昇格決定!
すべての選手とスタッフが芝生に降りて、用意されたボードを掲げると、雄叫びが上がった。「パパ」は今度は、目を細めてそれを眺めていた。