夢野台高校は緑の六甲・摩耶山系が海に落ち込む台上にある。校舎に上がれば、そう遠くない先に大阪湾の白い波頭が見える。
「なぜ、ゆめのだい、という校名になったのかはよくわかっていません」
永崎久志は説明する。3人いるラグビー部の顧問のひとり。由来はどうあれ、未来に広がる感じはする。
この兵庫の県立校の創部は古い。1951年(昭和26)。今年、72年目を迎える。冬の全国大会出場はないが、チームは途切れることなく続いている。県ラグビー協会トップの会長、田中康憲の母校でもある。
4月にあった全国7人制大会の県予選では、9校で構成される決勝リーグに進んだ。芦屋に12−20、市立尼崎には0−43と連敗も、予選リーグは連勝した。出場しない部員たちは一列に並び、声援を送った。
顧問のひとり、監督の大西智崇(ともたか)の目はさらに細くなる。
「よくやってくれたと思います。2年連続で決勝トーナメントに行ってくれました」
大西は45歳。保健・体育教員として赴任して3年目に入った。
大西がほめるのには理由がある。17人の選手は全員、高校から競技を始めた。主将の尾関航旗(こうき)は野球部だった。
「ワールドカップを両親とテレビで観戦して、やりたいなあ、と思いました」
2019年、ラグビーの祭典がこの国で開かれた時は中3。受験のまっただ中だった。
唯一の1年生部員は山本凌嗣(りょうじ)。中学の時は軟式テニス部にいた。
「両親がやったことのないスポーツをやったら、と背中を押してくれました。みんな最初は初心者だった、というものありました」
楕円球の世界は気に入っている。
「楽しいです。先輩たちは優しいですし」
素人たちに続けてもらえるように、大西は手ほどきする。ダブルタックルの練習では台となるボール保持者にも声をかける。
「頭を打たないようにな。倒れたら顎を引くんやで」
タックルの入り方は体をもって示す。現役時代はプロップだった。
大西はこの神戸出身。同じ県立の星陵で競技を始め、鹿屋体大に進んだ。古川拓生に教えを受ける。古川は現在、母校の筑波大のラグビー部部長をつとめる。
「古川先生が平尾ジャパンのスタッフだったので、そういうトレーニングができました」
平尾誠二が監督だった日本代表は、1999年のワールドカップで3戦すべてに敗れた。
大西にとって夢野台は5校目の赴任先になる。この学校は県立の第二神戸高等女学校として1925年(大正14)にスタートした。100周年は3年後。現在は男女共学の全日制普通科校である。
「ラグビー部はこの3月、現役で九州大と関西学院大に入ってくれました」
進学校のひとつ。800人ほどが学ぶ。
元女子高ということもあって、土のグラウンドは狭い。大西は解説する。
「トラックは丸くとって200メートルです」
ラグビーポールは立たず、野球のマウンドもない。そのグラウンドを6競技で回す。
「二部制で練習をしたりもします」
この時期なら放課後の2時間30分を6競技で入れ替わって使う。
「野球部には合い言葉があります。県で一番狭いグラウンドから甲子園に、です。ラグビー部は花園ですね」
力の伸びを示す近況がある。御影(みかげ)との定期戦だ。直近は3連勝。今年も4月21日にあり、26−7で勝利した。通算成績は8勝36敗1分。始まったのは1974年だ。旧の高等女学校同士の縁で学校としての対抗戦になり、多い時には15競技がしのぎを削った。
「この定期戦は神戸×兵庫、灘×甲南と並び、現存している古いもののひとつです」
武藤暢生(のぶお)は歴史に詳しい。灘中高で監督と教員をつとめる。武藤は御影から日体大に進んだ。3年間、夢野台と戦う。この4校も旧制中学を始祖としている。
選手たちは今、県民大会(春季大会)を戦っている。最初は4チーム構成のプール戦。4月30日には合同3を12−7で降した。5月8日の合同1、15日の兵庫工に勝てば、12校による決勝トーナメント進出が決定する。
「去年の先輩方は強かったです。その記録を超えたいです」
尾関は言う。昨秋、花園出場を決める101回目の全国大会予選は8強目前で敗れた。連勝後、芦屋に5−58。その目標に近づくためにも、春のこのプール戦は3連勝としたい。
尾関はチーム事情でロック。170センチはこのポジションとしては小さい。
「家に帰ってからは体幹を鍛えています」
腕立て伏せの姿勢で静止したりするなど30分ほど自主練習でハンディをカバーする。
「ラグビーは、ひとりがミスしたらみんなに影響が及びます。でも、ひとりがいいプレーをしたらみんなの心がひとつになります。そこがいいところだと思います」
休日になれば、OBが差し入れを持ってやってくる。少ない部員たちにとってはよき練習台にもなる。ここでも心はひとつになる。部員は計25人、女子選手3人とマネージャー5人、さらに前監督の顧問、森岡礼次を含め、緑に胸元に黄色の2本線が入ったジャージーをより高みに押し上げていきたい。