正確なキックでサポーターたちをどよめかせたのは4月3日、グローバルアリーナでの清水建設江東ブルーシャークス戦(リーグワン/ディビジョン3)だった。
40-38と接戦を制した宗像サニックスブルース。SOコビー・ミルンは一人で20得点を挙げてヒーローになった。
前半に3つのPGを正確に蹴り込み、後半に4つのコンバージョンキックと1PGを決めた。
難しい位置からのものもあったけれど成功率100パーセント。プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選出された。
今季(リーグワン2022)から加わったニューフェイスはデビュー戦でも強烈なひと蹴りを見せ、ファンの心をすぐにつかむ。
チームにとっての今季初戦となった1月22日の中国電力レッドレグリオンズ戦だった。
その試合、ブルースは相手の必死の防御に苦しんだ。残り時間が10分を切る時間帯まで、14-15とリードを許していた。
そんな状況で後半36分、ドロップゴールを決めた。ミルンは、チームを逆転勝ち(17-15)に導いた。
先発のSO田代宙士との入れ替えでピッチに入ったのが後半29分。短時間で大仕事をやってのけた。
「(相手の反則で)アドバンテージが出ていました。もしドロップゴールが外れたとしても、もう一度攻めることができる。そう判断して蹴りました」
冷静な判断のもと、培ってきたスキルを発揮した司令塔は、まだ22歳。今季第10節(8試合実施)までの6試合に出場し、7G10PG1DGに1トライを加えて52得点を挙げた。
先発は3試合。プレースキックの成功率は81パーセント。良い経験を重ねている。
チームへの貢献度も大きい。
日本での生活を、「楽しい。もう、第2の故郷という感じ」と話す。
実は幼い頃、日本で暮らしていた。父・ステファンさんが日本のチームでプレーしていたからだ。マツダ、鐘淵化学、ホンダに所属していた。
「生まれて5か月の時から5歳まで、日本です。ラグビーのシーズンオフ、母はニュージーランドに戻ったときに出産したそうです」
日本で産んでおけば、日本代表の資格を得られたのに。
父と、そんな話をするときもあるのだと笑う。
キックのスキルが高いのは父親譲りだ。ステファンさんも名手で、日本代表キャップを5つ持つ。
「父にラグビーのすべてを教わりました。父は憧れであり、目標。よく、日本時代の映像も見せてくれたので、日本ラグビーへの親しみも以前から持っています」
実家の庭には半面ほどのラグビーグラウンドがあった。ゴールポストも。
キウイフルーツの農場の一画に父が作ったものだ。4兄弟は、いつもそこで遊んでいた(長男)。
「2対2ができました。そして、いつもキックを蹴っていた。練習というか、好きなので。それで上達したと思います」
5歳で地元のクラブ(マウント マウンガヌイ・マーリンズ)に入る。
名門・ハミルトンボーイズ高校に学び、その後、ワイカト代表とディベロップメント契約を結び、ワイダースコッドに名を連ねた。
しかし本格的なプロ契約となると、今回ブルースと結んだものが初めてだ。
日本でつかんだチャンスを長く続けたい。
宗像での生活を、「ビーチも天候も、ニュージーランドと似ていてリラックスできる」と話す。
「チームメートも、いつも僕が快適に過ごせるようにしてくれる」と気に入っている。
取り組んでいるラグビーも刺激的だ。
「田代さんなど、プロ経験の長い人たちが、いろんなことを教えてくれます。才能ある選手たちも多く、とても刺激的。スタンドオフは常に正しい判断をして、チームを勝利に向かわせるのが仕事。ディフェンス力を伸ばすとともに、もっと実力を高めたいと思っています」
展開のはやい日本ラグビーの中でも、ボールをよく動かすブルースのスタイルに適応すること自体が自分の成長につながると信じる。
対戦相手には、スーパーラグビープレーヤーもいる。母国では経験できなかったことを、第2の故郷で体感できていることが本当にありがたい。
「外国出身選手、日本の選手に関係なく、いい選手がたくさん。そういった人たちと対峙できることが、自分のためになっています。すべての時間が学びであり、楽しい」
父はプレーヤー、コーチとして、15年間日本で生活し、多くの人の記憶に残っている。
自分も、そうなりたい。
4月30日におこなわれる順位決定戦、清水建設江東ブルーシャークス戦(グローバルアリーナ)でも10番を背負う。
今季限りで休部となるブルースの、ホストスタジアムでのラストゲーム。ふたたびヒーローとなる活躍をする。