関西学院のラグビーグラウンドは上ヶ原にあります。西宮にある丘には夏と冬に出かけました。2回目にはあいさつとともに温かいペットボトルが両手で差し出されました。
「前にお見かけしたなあ、と思って」
平山理紗さんは笑います。春の白っぽい輝きをまとう高等部の新2年生。マネージャーです。星座はおとめ。血液型はA。感性と几帳面が同居するナイスな配合です。
「先生からは1000円を預かっていて、お客さんがくれば、そのお金でお茶を買ってきて、出すように言われています」
先生とは安藤昌宏さん。気遣いの人です。保健・体育を教え、ラグビー部の監督でもあります。師が不在でも、その教えを守ります。
「大絶賛です」
51歳の安藤先生は手放しでほめます。
お茶のもてなしを受けたのは、ソフトバンクのキャンプ帽子をかぶっていたこともあるのかな。出所は魔改造の久保さん。オレンジのつばの裏には書かれています。
<礼儀正しさは最大の攻撃力なり。謙虚さは最大の防御力なり>
うーん、16歳にしてすでに最大の攻撃力を備えている。すえ恐ろしい…。
理紗さんは野球の家の出身です。おとうさんの義典さんは神戸弘陵のエース。甲子園に3回出場。同級生のイチローらと雑誌に取り上げられたりもしました。大学は立命館に進みます。
「2年の時にヒジを痛めてしまいました」
当時の監督、松岡憲次(のりつぐ)さんはプロへの道を断念した経緯を語ります。
そのため、野球部のマネージャーも選択肢にはありました。
「見に行ったのですが、仕事があまりなく、必要とされている気がしませんでした」
ラグビー部は違いました。
「こうしょうさんから、入ってほしい、という気持ちが伝わってきました」
昨年の主将、武藤航生さんは一生懸命でした。
ラグビー部では上級生のマネージャー2人が相次いで退部。入部早々からひとりでした。
「最初は大変で泣きそうでした」
コンタクトバッグなどの道具出し、水の準備、ケガ人の処置、仕事は山ほどあります。
「でも、水のボトルを洗うとか、みんなが手伝ってくれました」
この春、無事に2年目を迎えました。
平山家は三姉妹。理紗さんは真ん中です。自営業のおとうさんはつらいよ。娘3人いれば身代がつぶれる、と言います。
長女の亜美さんは4つ上。大学3年の陸上部員。ラグビーの人工芝グラウンドの周囲のトラックを走ります。専門は短距離走。多田修平さんは先輩になります。東京五輪で男子100メートルに出場しました。
三女は結衣(ゆい)さん。3つ下の中学2年です。おかあさんは真理子さん。理紗さんはその手料理が大好きです。
「揚げものが美味しくて、お弁当は最高です」
家族5人は仲良しです。
「私は忙しくオフがないので、去年の夏は家族で菅平の合宿に来てくれました」
理紗さんはマネージャーをしながら、バトントワリングを続けています。バトンを使い、踊りながら美しさを競い合います。
「おねえちゃんの友達が入っていて、あいさつなどがしっかりできていました」
小1から地元・西宮の「F・Kバトンティーム」で競技を始めました。
「U15の大会では全国2位に入りました。今は自分がやりたいことと人がやってほしいことができて、充実しています」
バトンの練習日は火、木、土、日の週4日。平日はラグビーが終わってから体育館に駆けつけ、2時間ほどトレーニングをします。スムーズな移動のため、おとうさんは電動機付き自転車を買ってくれました。
その移動やトレーニングの間にラグビーで撮った動画を携帯に落とし、部員がその日のうちにレビューできるように配信します。
「今、いやなことは本当にありません。ただ、ギガを食うことだけがストレスです」
おとうさんは携帯の契約をギガ無制限に変えてくれました。
ラグビー、バトン、勉強と息つく暇もない理紗さんの方針があります。
「効率よく。無駄な時間を省く」
これは関西学院のモットー「Mastery for Service」(奉仕のための錬達)につながっていく感じですね。
日々の仕事の先に夢があります。
「花園に連れて行ってもらいたいです」
昨秋、101回目の全国大会予選では決勝戦で報徳学園に0−52で敗れました。
「テレビに映りたかったです。私はスタッツを取りながら、キックティーを持って行く係でした」
きつい話もオブラートに包めます。トライがなければ、その後のゴールキックもありません。中継にも登場しません。
4月17日にあった全国7人制大会の予選決勝は報徳学園に再び12−29で敗れました。後半は12−12とイーブンでした。
「もう少し時間があったらよかったな、と思います。後半は攻めていました」
春の選抜優勝チームとの戦い方を見て、理紗さんは力がついているのを感じています。
「私個人としては、もっとしっかりして、必要とされる人でいたいです」
いや、もう十分でしょう。あとは選手たちが頑張らないとね。