142分34秒。
東京パラリンピック。池透暢はチームの誰よりも長くコートに立ち、車いすをこぎ続けた。
群がる腕の間からすっと高く伸びた池の手がボールをキャッチすると、コートの端まで届きそうな鮮やかなロングパスがトライを演出する。
タイヤがパンクするほどの激しいタックル、倒されても倒されても起き上がりチームを鼓舞した――。
2大会連続のパラリンピック銅メダルを獲得した車いすラグビー日本代表。
そのキャプテンを務めるのが池だ。
リオからの1800日、金メダルだけを追い求めてきた。
けれども、頂点には届かなかった。
「僕の中ではいま一番輝くメダルなんだと思います」
悔しさの中に、どこか清々しさすら感じる表情で池はカメラに答えた。
リオから東京までの5年間は「すごく揺れ動く心と守る心。そういう感じでしたね」と振り返る。
多くの新しい挑戦の中で、新たな自分に出会い「幸せな5年間だった」と穏やかに語る。
競技を通して何万人もの人々に車いすラグビーを知ってもらえるよう働きかけ、自分の中でも精一杯やったと頷ける5年間だった。
その道のりで目にしたのは「すべての喜怒哀楽に関わる景色」。
2018年の世界選手権で初めて見た世界一の景色。ラグビーワールドカップと同時期に東京で開催された「車いすラグビーワールドチャレンジ2019」では3万5700人の観衆が目を輝かせて選手を応援する姿。
意外にも「すごく行きたくなかったし苦しかった」と明かすアメリカリーグ(2018-2019シーズン)への挑戦では、ひとりの人間の強さともろさ、関わる人の考え方によって達成できる喜びを知った。
マイナー競技である車いすラグビーがこれほどまでに注目され、自国開催という最高の舞台で最高の結果を狙える。チームのピーク、自身のピークを考えても東京パラリンピックは「人生最後のチャンス」だった。
池は、勝つこと以上に「チーム力」に強いこだわりを持つ。
試合で勝利を収めても、ベンチやスタッフを含めたチーム全員の心がひとつになっていない姿を一瞬でも見かけたら素直に喜べない。
一人ひとりが熱い情熱と強い覚悟を持って戦いに挑んだ東京パラリンピック日本代表、それは池が目指していたチームだった。
だからこそ、ともに金メダルを勝ち取りたかった。
池は「今でも負けたとは思っていない」と胸を張る。
負け惜しみではない。
その言葉には、自分自身、そしてチームが積み上げてきたものへの自信と、全身全霊をかけて戦い抜いたという誇りが満ちている。
20年程前、19歳の時の交通事故で池の人生は一変した。
乗っていた車が炎上し全身に7割以上の大やけどを負い左脚を切断、左腕には麻痺が残る。同乗していた友人3人を亡くした。
生きていくことが怖かった暗闇の先に見つけた光がパラリンピックだった。
パラリンピックを目指すと決めた日から、つねに心の中にあるのは「今を超える」という思い。
不可能を可能に、可能を確実に、確実を強みに変え、昨日の自分を、今日の自分を超えてきた。
そして、競技者として「見ている人の想像を超える」という思いが自分を押し上げた。
「地元・高知で、周りにライバルがいるわけでも、近くにすごいと思えるような選手がいるわけでもない環境でどうやったらつねに自分を超えられるのか考えました。自分の思っている自分を超える、そして“見ている人の想像も超えていく”ことをイメージしながら、『じゃあもっとだな』、『もっともっとだな』と自分を高めてきました」
池は2024年のパリパラリンピックを目指す決断をした。
(これからの人生を考えると今なら違う方向にチャレンジすることもできる。でも、自分が存在する最大効果を生むのは車いすラグビーに貢献することかもしれない…)
さまざまな考えが頭を巡るなか、次を期待する地元の方々の声が心に響いた。
「透暢さん、パリまで絶対やってください!」
選手仲間からもそんな声をかけられた。
パリでの日本代表入りを目指す後輩は、池のもとで技術を磨きたいと北海道を離れ高知にやってきた。
静かに気持ちは移り変わり、やがてそれはしっかりとパリに向けられた。
「次のステージにいく兆しが見え始めている」と、現在のコンディションを語る。
フィットネスチェックでは20メートル走のタイムが東京大会の時より上がったという。
そして、パフォーマンスアップに不可欠な道具の改善にも入念に取り組んでいる。
体の一部となる競技用車いす。すでに、よりスピードにフォーカスした改良に取りかかっており、新品のスパイクを履く時のワクワク感にも似た気持ちで、新しいラグ車を実戦で試す日を心待ちにしている。
さらには、東京パラリンピックを見て車いすラグビーを始めた女子選手が、池がヘッドコーチを務めるクラブチーム「Freedom」に加わったことも大きなモチベーションになっている。
日本代表キャプテンも続投する。
パリ大会に向けては、若手の成長が必須だと力を込める。
強化合宿では選手一人ひとりがどうすればもっと伸びるのかを探しながら、自分が感じたことをどんどん伝えることを意識している。
コート上で良いアナウンスをすることで若手選手にとって学びが多くなり、チームも強くなる好循環を生むと考えたからだ。
新生ジャパンの初陣は、1か月後にカナダでおこなわれる国際大会。
そこでどんなジャパンの色が見えてくるのか、自分のこと以上に楽しみにしている。
今を生き、今を超える。
明日へとつながる「今」を重ねながら、池透暢の挑戦は続く。