手柄は誇らない。監督の沢木敬介に慢心しないよう言われているようだが、謙遜したくなる理由は他にもある。
「選手がよく頑張ってくれて。ほんと、これにつきます。結果に満足しているわけではないですが、やってくれている選手には感謝しています」
宇佐美和彦は開口一番に言った。
アシスタントコーチを務める横浜キヤノンイーグルスは、今年1月からのジャパンラグビーリーグワン・ディビジョン1で目下12チーム中4位。前身のトップリーグ時代を上回る成績で、プレーオフ行きに近づく。
宇佐美は現役時代、長身のLOとして日本代表入り。昨季限りで引退し、通算5季プレーしたクラブで指導者となっていた。
おもな担当はラインアウト。タッチライン際での空中戦だ。試合ごとに相手の並びを分析したり、自分たちの球を保持する術を策定したり。限られたミーティングの機会と練習時間で、必要なプランとスキルを選手に落とし込む。
協同の意識がある。
現役時代から得意だった相手ボール時の防御については、自らがイニシアチブを取る。一直線に並ぶうちどの選手が球を呼び込むか、捕球後はどのように攻めるかを読むのが、得意だからだ。
かたや自軍ボールの獲得へは、熟練者の知見も参考にする。南アフリカでキャリアを重ねてきたFLのコーバス・ファンダイク、ウェールズ代表として32キャップ(代表戦出場数)を誇るLOのコリー・ヒルとよく話し合う。
「コーチが言っていることがすべてではない。それに自分はまだ1年目ですし、2人(ファンダイク、ヒル)の方が知識も経験もある。アタックでは選手がやりたいサイン、ムーブを尊重して、『OK。それ、やろうか』というふうにしています。『絶対にこれをやれ!』という進め方はしていないです」
ファンダイクもうなずく。
「まずは宇佐美さんがプランを考え、私とコリーを含めた3人で話し合う。そこで固まった計画を日々の練習で遂行し、週末の試合でいいパフォーマンスが出せるようにしています」
会心のワンシーンがあった。
3月18日、雨に降られた東京・秩父宮ラグビー場。トヨタヴェルブリッツとの第10節の後半開始早々、ハーフ線付近右で向こうのラインアウトをファンダイクがスティールした。列のやや前方で飛び、球を味方の側へ弾いた。
ここからWTBで途中出場の松井千士が好ランを、スターターのWTBだったヴィリアメ・タカヤワが好キックを繰り出す。イーグルスは、敵陣ゴール前左へ侵入する。間もなくスコアを3-9から10-9とし、最後は前年度4強のヴェルブリッツを20-9で下した。
勝負を分けた一手を、ファンダイクはこのように振り返った。
「本当に計画通りというか…。相手に圧力をかける部分で、うまくいったと思います」
ラインアウトと言えば、捕球した直後のモールも必見だ。塊を作って押し込むモールに、今季のイーグルスは自信を持つ。
2月19日の第6節でも、敵陣ゴール前左のラインアウトからのモールでチーム初トライをマーク。前半21分だった。その約4分前には、ハーフ線付近右でのラインアウトからモールを組んだ。じりじりと押し、時間を稼いだ。後衛陣は助かっただろう。折しも、イエローカードの多発で2人の数的不利を強いられていたからだ。
その日は結局、4つあったチームのトライのうち3つをモールで奪った。複数名で束となるや、左へ、右へと軸回転を加えながら前に出た。ホストの静岡ブルーレヴズを28-18で下し、雨のヤマハスタジアムで喜び合った。
モールでは選手間のつながり、相手のいない場所を見つけて進む組織的な判断力が問われる。反復練習で互いのイメージをすり合わるのは必須だ。
イーグルスは日頃、全体練習の前にラインアウト、モール、8対8で組み合うスクラムのセッションを重ねる。NO8のアマナキ・レレイ・マフィは「モール、スクラムを合わせて1時間くらいやっているよう」と証言する。宇佐美は「そんなには、やらないです」と笑うが、そう感じさせるだけの濃度なら保つ。
宇佐美とともにモールを教えるのは、昨季入閣の佐々木隆道アシスタントコーチだ。接点の動き、防御のコーチングも担う元日本代表FLの佐々木は、赤い塊が進む秘訣を問われて述べる。
「いまは考える環境を設定できていて、選手たち自身がよく考えるようにもなっている。イーグルスが求めるモールのキーポイントについて、選手たち自身に話し合わせているんです。そこでひとりひとりの(モールのなかでの)役割を明確にして、それができているかを常にチェックし合っています。細かいところにどこまでこだわってやれているか。そこが(精度を左右する)大きな要因じゃないですか」
チームは現体制2季目。指揮官の沢木は、エディー・ジョーンズが率いていた時代の日本代表でコーチングコーディネーターを務め、2015年のワールドカップ・イングランド大会で歴史的3勝を挙げた。2016年以降の3シーズンは現・東京サントリーサンゴルアスを率い、トップリーグ2連覇を達成した。
イーグルスでも昨季、トップリーグでの順位を12位から5位タイ(8強入り)に引き上げる。リーグワン元年も好調を維持する。宇佐美はこうだ。
「練習の雰囲気はピリッとしている。ただ、(練習時間は)長くないし、午前中だけ。選手にとってはリカバリー(回復)できる時間もあります。沢木さんが監督になってから、本当にけが人が少ないんです」
選手生活の大半を沢木のいたサンゴリアスで過ごした佐々木は、「もちろん高い要求をしていますし、ハードなトレーニングを設定していますけど、それを突き動かすのは選手自身。まだまだでもありますが、選手ひとりひとりがよくやっています」。さらに補足する。
「本当によくなろうと思ったら、ラグビーのために、チームが勝つために行動に変えないといけない。そこに本気で取り組む人間がどれだけいるのか。その母数が多ければ多いほどいいのではないですかね」
宇佐美は30歳で佐々木は38歳。いずれもこの2年以内でスパイクを脱いだばかりだ。46歳の沢木は、2人の有望な日本人コーチを本人たちのいない場所で讃える。
「まだ(引退してコーチになって)1~2年目ですが、ラグビーに対する情熱、一生懸命に頑張る姿は選手にも伝わっていると思います。ミーティングでも選手は(2人の)話はしっかりと聞きますし、トレーニング中も信頼しているような態度を取っている。もし、(2人が)平凡なことばかりを言っていたら、(選手は)誰も話を聞かないと思うんです。ただ2人は『次の試合はこうだから、こういうふうなことにチャレンジしようぜ』というものを毎回、考えている」
4月9日、大阪・万博記念競技場での第12節に挑む。対するは、現在2位のクボタスピアーズ船橋・東京ベイだ。
2月6日の第5節で戦った際は、21-50と敗れている。神奈川・ニッパツ三ツ沢球技場で肉弾戦をやや制圧され、混沌局面からスペースを攻略された。
ただ前半10分には、敵陣ゴール前左でのラインアウトからジャンプせずにモールを作ってトライ。一定の成功体験は得ている。
何より、相手にモールを押させなかった。当日の先発FWの平均体重で5.75キロも下回るなか、むしろ差し返すことさえあった。宇佐美は言う。
「まず相手の分析をする。どこでモールを組まれるのが一番、脅威になるのかを見る。そして、そこでモールを組まれないように(防御の並びを工夫して)セットアップする。相手の『ここで組んだら強い』というモール(の選択肢)を消させます」
今度はリベンジに向け、リザーブにFWの選手を通常よりも1人、多く配置する。スターターは、キックオフと同時にエンジン全開でぶつかれるか。
佐々木は、メンバーが定まる前からこう誓っていた。
「イーグルスらしく、80分間、本当にアグレッシブに戦い続けるだけです。そうしたら、絶対に結果はついてくる」
縁あって集まった若き首脳陣は、オールアウトした先でシーズン8勝目をつかむ。