やんちゃだった男が、いい年齢の重ね方をしている。
王授榮(わん・すよん)は、いま、宗像サニックスブルースで若手の兄貴分として安心感を与えている。
入団9年目。「年齢的にも(28歳)、チームをまとめる立場」と自覚する。
「若い時は、自分が活躍することしか考えていませんでした。でも、いまはチームの勝利が一番」と話す。
意識の変化は、プレーにも、普段の行動にも表われる。
もともと人への強さを売りにしていたCTBが「以前なら強引にプレーしていたところでパスをするようになりました」と言う。
自ら、よく声を出すようになった。若手に声を掛ける。
結果、「チームのみんなは、いま、ポジティブに毎日を過ごしています」。
「(今季序盤は)チームのシステムを守れなかった時期もありました。しかし、みんなが同じことを考えるようになってボールがつながるようになってきました」
自身は今季第9節までに5試合出場(全7試合中5先発。2試合開催中止)。トライも1つ決めた。
長く在籍して、このチームがどんなときにブルースらしさを出し、どんなときにまとまりを欠くか、よく知っている。
FWが強いとか、いい人材が揃うとか、実はあまり関係ない。
「選手たちがストレスを溜めず、仲間のためにプレーできているシーズンは本当にいいラグビーができる。でも、例えば(強化縮小のニュースが出た)昨季の終盤など、選手たちの気持ちがバラバラになると、それがプレーに出てしまう」
昨季のネガティブなニュースもあり、今季のチームの陣容は、大きく違うものになった。
多くの選手が他チームに移籍した。そして、新しい仲間が20名ほど加わる。
王は、一人ひとりをつなぐ役目の人間も必要と思ったから、チームに残った。
最初のうちは、移籍してきた仲間の性格などが分からなかった。
そんなとき、持ち前の気さくさが役に立つ。
「いろいろ話すうちに、グラウンドの中でも外でも息が合うようになりました」
コカ・コーラから加入したCTB/WTB石垣航平とWTB/FB八文字雅和は同年齢だった。
「BKに同い年はいなかったので嬉しい。石垣は見た目でイケイケなタイプかと思っていたら、真面目で努力家でした」
気のおけない仲間が増えた。
韓国・ソウルに近い、京畿道・一山(いるさん)の出身。友人のお陰で、幼い頃からいつも身近にラグビーがあった。
しかし、母国は楕円球文化が薄い。ラグビー愛好家が多い日本へ早く行きたいといつも考えていた。
兄・鏡聞(きょんむん/前・ブルース。現在、コベルコ神戸スティーラーズ)が三重・朝明高校に進学するのを機に、「自分も」と希望。養正中ラクビー部に所属していた2年生は四日市市立三滝中に転校した。
当然、日本語の理解に苦しんだ。しかし、特別措置もない中でコミュニケーション力を活かし、友人を多く作る。
いま、『日本で義務教育を受けた者は日本人選手と同様』というリーグ規約の下でプレーできているのは、少年時代に独力で道を切り拓いたからだ。
いつも困難を乗り越える。
朝明高校卒業後、大体大に進学。活躍していたけれど、3年生時に家庭の事情で学生生活を送ることが難しくなった。
授業料を工面する手はいくつかあった。しかし、「高いレベルでラグビーを続けていきたいと思っているのだから、すぐに飛び込もう。生きていくお金は自分で稼ぐ」と決断。
宗像へ向かった。
ブルースが練習を重ねる玄海グラウンドには、いい人になる環境が揃っていると王は言う。
「みんな、いいプレーヤーで、いい人たち。穏やかな気候で、海も近い。ここにいたら、みんな人柄がよくなります」
そんなところに憧れ、入団を決めたのだから、これまでも、これからもチームを離れる気はない。今季途中、「クラブの活動継続が可能か否か検討中」(※編集部注=後日、活動中止が決定)と報告があったときも、気持ちはぶれなかった。
「僕自身は(この先、生きるために)何をやっても頑張れると思っていますが、このチームがなくなるとしたら寂しい。僕にとっては憧れ、ですから」
まずはシーズンの残り試合を全力で戦い抜く。その覚悟は、チーム全員の総意だ。
さらに王は、未来が見えない中でも「みんなの残りの人生に少しでもプラスになるような時間にしよう」と呼びかける。
「自分が目立つより、チームの勝利」と繰り返し、続けた。
「トライを取れる人は他にいる。自分はトライを取られないように体を張ります。デイフェンス、そしてボールキャリーでチャンスを作る」
宗像の地は、いい人間を育てる。