東屋あさ子はんは女将(おかみ)だす。お店は寄っかかっても飲める「花園ラグビー酒場」。姓は「あずまや」。客は「おかーちゃん」と呼ぶため、以下、母と短くします。
その母は怒りどっかーんや。トレードマークのまん丸で黒いおめ目は三角になっていた。
「あれは許せへん」
最近、ひいきのチームを応援に行った。そのスタンドである人が楽しいはずの試合観戦をぶち壊したんやな。
お酒が入っていたのもあるけど、感染防止の意図に反して大声を上げ、大きな旗を振る。相手チームやレフリー、さらにミスしたこちらの選手の悪口も言う。たまりかねた係員が注意に来たら食ってかかる。
ラグビーは紳士のスポーツとちゃうんかーい。観衆も含めて。ヤジは似合わへんでー。
「選手たちは私らにでけへんことをやってくれている。相手も含めて、ええプレーには拍手やないの? 応援しているチームが失敗してもやじるのはアカン。私は『あーあー』っていう声は出てしまうけど、『何してんねん』とは言わへんよ」
母は、コーイチさんの説く、「選手に尊敬を」をしっかり守ってはる。お金を払っている、いないは関係ナッシング。まず毎日、体を鍛え上げている選手へのリスペクトを持たんとね。文句を言えるとしたら、実績を残したキクちゃんやキンちゃんらだけやろな。彼らはそんなこと言わんけど。
母が本格的に観戦を始めた30年ほど昔はサイドなんて明確な仕切りはほぼなかった。座席は呉越同舟、いっしょくたや。せやから、いいプレーにはみんなが拍手。母はその時代を知ってる。時代が変わって行くのはわかるが、変わってはいかんもんもあるはずや。
母はレフリーも擁護する。
「この前の人はうまくなかったかもしらん。こっちがされたハイタックルは見逃して、あっちは取るんやもん。でもな、レフリーはくさしたらアカン。一生懸命やってる。それにおってくれんかったら、試合ができない」
その人は、ルールブック持ってんのか、的なことものたもうたらしい。笛を吹いてんのはトップの人やで、しかし。
「人には言うてええことと、悪いことがある」
寅さんのセリフと同じ。「それを言っちゃあおしまいよ」。それでいつも柴又を離れる。
その人も人生、色々あるんやろな。仕事のこと、家庭のこととかな…。
「せやけど、個人の事情と応援は何の関係もあらへん。そんなんはみんな抱えてる」
至極まっとう。周囲の人を不快にさせるのは、ええ大人のするべきことやない。
母にも悩みはある。
「お客さんには悪いけど、4月から値段を上げなあかん。練り物を含め仕入れが上がってる。このままやったらやっていかれへん」
コロナや今の世界の情勢を鑑みて、や。
生ビールは樽生中ジョッキ330円、酎ハイは350円、あてのコロッケは150円、人気で一番値の張るXOジャン焼きそばでも600円や。税込みやで。この値段からやったら、上げてもみんな文句を言わんとは思うけどな。
ちなみにお酒はすべてサントリー製品。初代のオーナーが「ラグビーと名づけるなら」とサンゴリアスに統一した。母は1996年の開店から手伝い、翌年、店を継いだ。得意先は変えん。さすが、義理と人情の河内の女や。
「他社のビールしか飲まん、っていうお客さんもいる。たしかに初めの一杯はちゃうけど、酔ってきたらみんな一緒。私は飲まんけど」
どないやねーん。
アルコールはガソリンにならない母なりの観戦の仕方を話す。
「試合の始まる1時間前くらいに行って、グッズを見て、買ったりする。それで座って試合の前の練習を見る。個人のプレーがはっきり見えるからええよ」
プロ野球のスカウトも試合前のノックから見る。「よくわかる」って。その人らと同じレベル。通やな。
「私は基本的にひとりで試合を見る。その方が興奮できる。横でなんやかんや言われたら腹が立つ。私の目線で見たい。それでええ試合やったら、負けても腹は立たへんよ」
ラグビーのええところは、ぶつかり合い、と言うで。
「がっちゃーんやね。手え抜けへん。抜いたら大ケガや。あの一生懸命さが大好き。それに、選手のニコーっとした顔を見ると、もうなんでも許してしまう。年いってるのにいきいきできているのは、ラグビーのお蔭や」
7年ほど前、失礼を顧みずお年を尋ねたら「38」。今回は「47」。どういう年の取り方してんねーん。
「人生、楽しくせな損。人はアホか、というかもしれんけど、私は幸せ、それでええ」
ラグビーを気分転換にして、母はお店を回す。お酒は売るけど、不調法やから、飲まれることはない。勝ち負けに関わらず、毎回、しらふで応援を続けます。
花園ラグビー酒場
■住所・電話 〒578−0924 大阪府東大阪市吉田1−2−22 ※近鉄河内花園駅から徒歩1分ほど。改札を出て右へ。花園商店街入口の左。
072−962−6171
■営業時間 午後5時〜同10時(ラストオーダーは9時45分)
■店休日 日曜、祝日、ご贔屓チームの遠征時は臨時休業あり
■収容人数 このご時世に逆らって、詰めたら50人ほど