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【ラグリパWest】唯一無二の宝物。大谷優希 [大阪府立八尾高校]

2022.03.24

90年を超える伝統を持つ八尾高校ラグビー部。その部をたったひとりで支える大谷優希さん(左)。OB会が作った100周年を目指す黒Tシャツを着て、顧問の中出智之先生(右)とともに単独校復活を目指す。後方は学校のシンボルでもあるユーカリの木



 3月17日は大阪の府立高校の合格発表だった。

 旧制中学の流れをくむ八尾(やお)も例外ではない。創立は1895年(明治28)。その伝統校にも合格番号が貼られた白いボードが並ぶ。区切りは50。密を避けた中、歓声とため息が入り混じる。

 その横にある土のグラウンドでは14人が楕円球を追っていた。合同チーム。八尾、布施、みどり清朋、花園、清水谷、枚岡樟風(ひらおかしょうふう)の6校から成る。

 八尾からたったひとりで参加しているのは大谷優希。新2年生である。
「ラグビーは楽しいです。抜けた時は特に楽しいです。やってやった、という気持ちになります」
 色白。切れ長の目元は下がる。

 八尾は一昨年秋の全国大会予選後、引退や退部で部員が0になった。創部は府内で3番目に古い1928年(昭和3)。6年前にできた天王寺、その1年あとになる北野に次ぐ。全国大会出場こそないものの、90年を超えるチームにも受験難や少子化が直撃する。府立の普通科校にはスポーツ推薦はない。

 そのピンチにラグビー部OB会、「かわちのラガー」が立ち上がる。入学式に向け、500人ほどで構成された組織は、勧誘のポスターやクラブ説明会で使う動画を自前で作成した。大学生の若手OBたちは校内で新入生に声をかけ、タッチフットに誘い込んだ。

 その体験を通じて手を挙げた唯一の1年生が大谷だった。出身中学は東大阪の英田(あかだ)。花園ラグビー場に一番近い中学で、元木由紀雄や坪井章らを輩出した。元木は京産大のGMでセンターとして日本代表キャップ79を持つ。坪井は近鉄ライナーズ(現・花園)の元監督である。

 ただ、大谷は初心者だった。英田では卓球をやっていた。
「中学の時はまだ体が小さく、危ないと思いました。でも、ラグビー自体には昔から興味がありました。だから、この機会にやってみようと思いました」
 今は171センチ、54キロの体である。

 OB会は最初の公約通り、ジャージーや短パン、ヘッドギアなど練習必需品を贈呈した。
「めちゃくちゃ助かっています。普通は買わなければいけないのにそろえてもらえました」
 OB会は日々のプロテインも支給している。大谷が払い込む部費はない。

「OBからしたら宝物やと思います」
 顧問で保健・体育教員の中出智之は言う。昨年11月、OB戦があった。
「年配の方々がタッチラインに一列に並んで、『大谷、頑張れー』と応援していました」
 50歳の中出にとって感動的な光景だった。



 大谷は中出とマンツーマンでトレーニングに励む。週2回は合同練習がない。
「先生と一緒に筋トレをしたり、柔道場でタックルをしたりします」
 大谷の最高キロ数はベンチプレス55。スクワット85。1年弱で前者は35、後者は50ほど上昇させた。

 大谷はまだ公式戦には出たことがない。入学後に府総体(春季大会)があったが、大阪は安全性の面から新入生の起用を禁じている。秋の全国大会予選はリザーブ。合同チームは上宮太子と桃山学院を26−17、27−7と破る。4強戦は0−124と大敗。相手は6回目の日本一を勝ち取る東海大大阪仰星だった。

 2か月前、73回目の近畿大会予選(新人戦)はコロナ罹患者が出て棄権した。来月4月から始まる府総体は10人制で出場する。
「もし、出してもらえたら、チームが勝てるように頑張ってタックルするつもりです」
 大谷は力を込める。

 ポジションは初心者の定位置、ウイングからロックに移った。徐々にコンタクトに対する慣れ、そして自信が生まれている。自宅からは自転車通学。片道30分をかける。その往復もトレーニングになる。

 その府総体と並行して、八尾では入学式を迎える。淡いピンクの桜花の中、7クラス、300人弱の新入生がやって来る。共学のため、男子はその半分ほど。ラグビー部にとっては試合の勝ち負けより、その誘い方がチームの浮沈を握る。入部者に対して、OB会は大谷と同じ援助をするつもりだ。

「僕ひとりでも勧誘します。通りかかる子に声をかけます。14人を集めたいです。目標は八尾として単独チームで出ることです」

 大谷にとって合同チームは心地いい。
「でも、ひとりはさみしいです。パスの練習ができません」
 受け手が常にいないことは孤独だ。野球のキャッチボールと同じ。ボールの受け渡し、パスはラグビーの基本である。

 同時に、仲間の大切さを学び、日々を過ごしていくことは将来につながる。
「家を建てることに興味があって、建築系に進みたいなあと考えています」
 大人数で作り上げる大建築に関わりたい。これまで訪れた姫路城は白い美しさ、清水寺は舞台の高さに圧倒された。その夢のためにもラグビーは役に立つ。

 この合格発表の日、ひとりのOBがコンクリートの段に座り、黙って練習を見ていた。平日の木曜。勤め人ではない。年を重ねた人であろう。帰った後には麦茶とスポーツドリンクのケースが残されていた。

 濃緑×白の段柄ジャージーの復活のため、唯一現役の大谷を中心に、チームにつながる者は力を尽くしたい。また来る、大阪ならぬ「八尾春の陣」である。