自分のルーツがある国の安全が脅かされている。
静岡ブルーレヴズのWTB中井健人は、ウクライナ人の母を持つ。母の祖国はいま危険な状態だ。
2月25日、中井は自身のSNSでこうコメントしていた。
「現在、ウクライナの親族とは連絡が取れており、危険な状況ではありますが無事です。(中略)最後まで彼らの無事を心の底より祈っています」
その翌週の3月5日、中井は背番号11をつけて芝の上にいた。加入4年目での公式戦初先発だった。
江戸川区陸上競技場でのビジターゲーム。試合はリーグ首位のクボタスピアーズ船橋・東京ベイに24-30で惜敗する。後半の猛追も叶わなかった。
「われわれの力不足ですし、ここでは満足できない」
中井は淡々と敗戦を振り返り、最後に胸のうちを明かした。
「いつも以上に感謝の気持ちを持って臨みました」
そしてこう続けた。
「それをずっと心の中で決めていて、体現することができたと思います。当たり前である平和の環境をありがたく、本当に幸せなことだと感じています」
左腕に巻かれたテーピングに『PRAY FOR PEACE』と書いた。平和を願った。
「ウクライナ東部や首都のキエフに住む親戚もいますし、それぞれに思いがあって、本当につらい状況を電話で聞いています。まだ連絡がつながっていることでほっとしているところもありますが、まだおびえながら生活していると思う。当たり前の日常が戻ってほしいという思いを込めて書かせてもらいました」
いまラグビーどころではない。そんな気持ちになってもおかしくない。それでも中井は「ラグビーのときはしっかりと切り替えてやっています」。
「今後不安ですけど、親族と連絡が取れ続けている間は安心できると思います」
一番に支えてくれたのは、福岡で暮らす母だった。
「母は僕よりもつらい状況だと思います。それなのに、『いま健人ができることは、平和な日常を楽しんでありがたみをもって過ごすこと』だと。この1週間、毎日電話で言ってくれました。試合後も話す時間をいただきました。トライを取れたことは喜んでくれていると思います」
試合前にはチームメイトの前でも話す時間をもらい、「ラグビーができることに感謝し、気持ちを込めてプレーする」と宣言。試合では起点となるプレーでチームを勢いづけた。
前半20分までは0-19と防戦一方だった展開に待ったをかける。27分に防御網を突破したSOサム・グリーンのラストパスを受けてトライを挙げた。前半の7-27を最後6点差まで詰めたのも、中井のキックからだった。ノータッチとなった相手のPKを、すぐさま50/22のキックでお返し。のちのSOグリーンのトライにつながった。
「彼自身の強さを発揮できていた」と堀川隆延監督の起用にも応えた。敗戦の中でも勝ち点1の奪取に貢献した。
来たる3月13日のシャイニングアークス東京ベイ浦安戦。中井は2戦連続の先発が決まった。母は「ラグビーで私や親戚を喜ばせることが(あなたが)いまできること」だと言ってくれた。
平和への願いは、ラグビーで表現する。