まもなく、日吉の住人になる。
杉山雅咲(まさき)はほおを緩める。
「勉強もラグビーも全力で取り組みます」
大阪桐蔭のスクラムハーフは、慶應義塾に迎えられた。夕日に照らされた顔は赤く上気する。太い眉は意志の強さを示す。
志望理由を話す。
「高校と同じで文武両道を目指せます」
早稲田と並ぶ日本の2大私立。そのラグビーも好きだ。
「体を張って、タックルは刺さります。泥臭い部分がありながら、スマートです」
創部は1899年(明治32)。120年以上の歴史を誇る日本ラグビーのルーツ校だ。
「プレッシャーはありますが、責任感を持ってできるよろこびもあります」
学部は総合政策。AO入試で合格した。経歴書や志望理由書の提出と面接をクリアする。経歴書には「高校日本代表候補」を入れ、志望理由書は入学後に取り組みたい「教育」に焦点を当てて書いた。
「すべての子どもが家庭環境やその境遇に関係なく、十分な教育を受けられるような世の中にしたいです。教育があって、今の自分があります。小中高の先生に人間性を磨いてもらいながら、勉強を教えてもらいました」
提出書類をより精緻にするために、フィールドワークを重ねた。東大阪の自宅近くにあるフリースクールをたずねる。不登校の生徒らを受け入れる教育施設での現状を見聞きする。養護施設にも足を運んだ。
「練習は早く終わらせてもらいました」
監督の綾部正史は柔軟である。
クラブ側からは新3年生になる永山淳が中心となってサポートをしてくれた。
「ジュンさんには特にお世話になりました。リモートで多い時には週2回、1回1時間以上、アドバイスをいだだきました」
永山は國學院久我山出身のセンター。総合政策学部の先輩にもなる。
11月末、合格の判定を受け取る。大阪桐蔭のラグビー部から黒黄(こっこう)ジャージーに挑めるのは2人目。ロックの中矢健太に次ぎ2年連続になる。
「中矢さんとは小さい時から一緒にラグビーをやっています。向こうにいてくれるのは心強いです」
2人はOTJラグビースクールのひとつ違い。関係は近い。
春夏の甲子園で優勝8回を誇る野球部から慶應に進んだのは福井章吾。捕手兼主将は今春、トヨタ自動車に入社する。監督の西谷浩一から綾部は指導のヒントを得ている。
杉山は幼稚園から競技を始めた。
「兄の影響でした」
長兄は優平。6つ上で東芝ブレーブルーパス東京のスクラムハーフだ。杉山はOTJ、石切中、大阪桐蔭とその背中を負った。
「長兄は目標です。試合中、すごくしゃべります。グラウンドの外からでも聞こえます。リーダシップがあって、格好いいです」
慶應を受験するかどうかで悩んでいる時も背中を押してくれた。
「いいと思うで。チャレンジしてみ」
長兄は筑波大を卒業している。
プレースタイルはやはり似る。杉山は自身の特徴を170センチ、75キロの体を使った「仕掛け」と話すが、長兄もスペースに対して走り込み、ラックサイドを速さで崩す。
2人を見た綾部は比較を口にする
「よく似てはいるけど、マサキの方がわずかに芯が強い気がします。優平はキャプテンでチーム優先にしたところがあり、自分に手が回らない状況でした。それもあるでしょう」
保健・体育の教員でもあるだけに、兄弟で優劣をつけることは教育者として好まない。
綾部は杉山に愛がある。
「マサキは練習を黙々とやります。そんな時でもたまに冗談を言います。それがおもしろい。そのギャップを見ていると、みんな好きになりますね、マサキのことを」
集中を緩めるのは漫画だ。戦いのシーンが人気の『NARUTO−ナルト—』などを好む。
「個性のあるキャラが多いです。高校と一緒? そうですね。元気をもらっています」
愛読書は70巻以上あるので、多すぎて寮には持ち込めない。残念である。
杉山家は4兄弟。姉、優平、そして次兄の郁泉(いくみ)と続く。次兄は日本航空石川から専大に進んだ。この春、就職する。男3人はみなスクラムハーフだ。
杉山の最後の全国、101回大会は3回戦で敗退した。元日、京都成章に8−15だった。
「悔しい気持ちはありますが、純粋に楽しかった。最高の仲間と試合ができました」
山田莞大(かんた)は控えのスクラムハーフ。同時に試合に出ることはなかった。
「練習や試合が終わったら、こうした方がええで、と言い合いました」
普通、同じ位置の人間とは話さない。
「ライバルだけど、仲間です。カンタのおかげで切磋琢磨できました」
山田は東海大に進む。
杉山は生駒山中での3年間を振り返る。緑や黄や赤など木々に季節ごとに彩られた。
「大阪桐蔭に入って、ほんまによかったです。先生方も距離が近くて、なんでも話ができました。楽しい雰囲気でした」
慶應の新人集合日は今月26日。月が変われば本格的にチームに合流する。
「僕は生まれてからずっと大阪でした。でも標準語にはすぐに対応できると思います」
口は半月に開き、目じりは下がる。前途洋々の春はすぐそこまで来ている。