「6歳からラグビーを始めて23年目になりますが、初めて身震いがして、鳥肌が立って…。泣きそうになりました」
今季、東京サンゴリアスに加入したSH木村貴大が、2月6日のレッドハリケーンズ大阪戦で背番号21を託された。週初めにおこなわれたチーム内でのメンバー発表時、これまでとは違う感情が湧き上がった。
木村は筑波大卒業後、豊田自動織機に入社。その後NZ留学(ハミルトン・マリスト)を経てサンウルブズに加入、そしてコカ・コーラ移籍と、いろんなチームを渡り歩いてきた。
「(そのチームでデビューするときはその都度)ワクワクはあったけど、今回みたいな武者ぶるいは初めてでした」
どうしてこれまでと違ったのか。自分なりの分析をこう語る。
「サンウルブズが終わった後もたくさんの方が応援してくれました。そんな方々にグラウンドに出ている姿を見せて、恩返しをしたいという思いが強くあって。ようやくグラウンドで表現できると」
出番が訪れたのは後半35分。白のセカンドジャージーをまとって、勢いよく飛び出した。
「5分だけの出場でしたけど、ジャッカルだったり声を出したりと、自分のやれることにフォーカスできていたので、楽しかったです」
ファーストタッチがノックオンになってしまったのはご愛嬌。「緊張していたからではない、というのは言っておきたいです」と笑う。
「1週間の準備でチームのためにどうプレーするかはクリアになっていたので、(むしろ)いい精神状態でした。もっと時間があれば、もっといいパフォーマンスを見せられたと思います」
サンゴリアスに入団し、国内随一のレギュラー争いに身を投じた。同じスクラムハーフには流大、齋藤直人の日本代表コンビに大越元気もいる。その中で追い求めたのは、サンゴリアスの9番に必要なスタンダードだった。
「サントリーの9番には何が必要なのか、コーチと何度もミーティングをしましたし、そのレベルまで上がらないと試合には出られない。(レギュラー争いというより)あくまでそこを一番に意識してきた」と話す。
「ただ3人とも素晴らしい選手なので、彼らのいいところを全部盗んで真似できるところは真似ていきたいです」
木村はこの日、オレンジのリストバンドをつけて試合に臨んだ。そのリストバンドには、あるメッセージが込められていた。
知人を通して知り合った田中浩章さんの息子、けんちくん(5歳)との出会いがきっかけだった。けんちくんは昨年、「特発性再生不良性貧血」という血液の難病を患った。そしていま、治療で骨髄移植を必要としている。
「けんちくんは去年ラグビーを始めて、ラグビーを好きになったけど、病気でできなくなってしまいました。ラグビーファミリーとして放っておけなくて、骨髄のドナー登録を呼びかける手助けができないかと。試合に出た時に何かできることをさせてくださいと相談していました」
ドナー登録の際に読むパンフレット『チャンス』がオレンジ色で統一されていたから、木村はオレンジのリストバンドをつけてグラウンドに立った。伝えたい思いは二つだ。
「骨髄移植を求めている子どもたちがたくさんいるということを多くの方に知ってほしいです。そして自分もけんちくんたちと一緒に戦っているよと」
木村はかねてよりグラウンド外での活動を積極的におこなってきた。それはラグビーの普及活動にとどまらない。
「ラグビー選手の影響力は大きいです。代表になっていない僕でもこれだけの影響力があると感じます。そのスポーツ選手の価値を子どもたちや社会に還元したい。だから現役のうちにする。元気を与えたり、誰かの一歩を踏み出す勇気や活力を届けたいです」
今回、リストバンドをつけたことで、より多くの人が骨髄バンクを知るきっかけになり、ドナー登録に協力してくれる人の背中を押す勇気につながれば本望だ。
日本骨髄バンクHP▶https://www.jmdp.or.jp/