ラグビーリパブリック

【コラム】あなたのクラブの「1万年にひとり」。

2022.02.10

1993年5月8日、カーディフ・アームズパークにて。スラネスリと戦うニースのPR、ブライアン・ウィリアムス(Photo/Getty Images Dave Rogers/Allsport)

 コラムを書く。書く前に考える。キーボードの上に着想という滴の垂れるのを待つ。垂れろ垂れろと願うと垂れる。さっき垂れた。

 でも、この話は別の機会に、と、思い直した。こういう場合は「旅」に出る。パソコンのディスプレイに海外のおもに新聞のラグビー記事を呼び出しながら移動を続ける。クライストチャーチに、ロンドンに、たまにはトビリシやリスボンにも。

 効率はよくない。旅は寄り道があって旅だ。あちこちで引っかかる。やたらとTМОの出番のあった試合くらいの時間はすぐに過ぎる。

 イングランドのエディ・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)の対スコットランド敗北における「采配の失敗」を元選手の評論家や新聞記者が具体例を挙げて批判している。敵地で3点差じゃないか、とも思う。同時にテストマッチ、それもラグビーの枠をはみ出して民俗的祭事のような6ネーションズの重みを想像もする。勝ち負けに「一喜一憂」する。そのときに少しでもしくじったら責め、責められる。それはそれで正しい。

 英国の民間放送がラグビーやサッカーにおいて「マン・オブ・ザ・マッチ」の呼称をやめて「プレイヤー・オブ・ザ・マッチ」とあらためた。スポーツ界を覆う男性優位主義との決別は当然だ。珍しいニュースではない。ただ、それを愚かと批判する一般の声(フィールドには男しかいなかった。辞書から『マン』を消すのか)が興味深い。

『Wales Online』のラグビー欄の見出しに「ウェールズで最もハードな選手は15年前のこの日に死んだ。彼は特別だった」(Wales Online )とある。いかにも武骨な傷だらけの顔に説得力があった。

 ブライアン・ウィリアムズ。強豪クラブ、ニースのかつてのプロップ。2007年2月7日に46歳で急逝した。「元ウェールズ代表」の記述もある。なのに不覚にも知らなかった。

 翻訳ソフト出動で読み進める。5年前にも「没後10年」のストーリーが掲載されている。他の媒体にもあたった。以下のごとき人物だった。

 ウィリアムズはニースの誇る左プロップだ。怪力。しかもフランカーのように動く。「プレーに対価の支払われる前の時代、プロ同様の体力を備えていた」。ウェールズ語を日常的に話し、スランゴルマン村に暮らす酪農家だった。

 クラブでフランスに遠征した際に農場を訪れ、牛に接近した仲間が襲われた。ハードなプロップはどうしたか。怒れる生き物の首めがけてタックルした。それで引き離し、自分は振り落とされるも「ファーマーとしてのスキルを用いて怒りを鎮めた」(同前)。

 牛を鎮圧できるのだから人間の制圧は難しくなかった。ことにモールでは強靭な筋力を大いに発揮した。動画にあるだろうか。あった。

 ニース対オールブラックス(https://www.youtube.com/watch?v=l25oZ-DyrVs)。1989年の試合だ。6分56秒から7分7秒。オールブラックスが乱れた球をモール再構築に持ち込もうとする。伝統の黒ジャージィでなく、この日は白をまとうニースの背番号1がからむ。上体を揺する。楕円球はポロリとニースの側に落ちて、ただちにカウンター攻撃。確かに全身にパワーがみなぎっている。15-26の善戦だった。

 1994年の「パンチ」も映像に残る。カーディフの背番号4、スチュワート・ロイに的確な一撃を命中させた。『Wales Online』を引くと、夕刊紙のサウス・ウェールズ・エコーは次のように表現した。「地獄のパンチだ。30年におよぶ羊飼いの経験がそこにこめられていた」。どうやら直前にロイがラックでニースの選手を踏んだらしい。

 殴られた者が気になった。細身のロックは1995年のワールドカップのジャパン戦に最後の8分だけ出場していた。ウェールズ代表でのそれが唯一のキャップである。ケンブリッジ大学で医学の学士号を得て整形外科医となった。

 剛毅なブライアン・ウィリアムズを元同僚が語っている。「汚い選手ではなかった。ただジャージィをつかまれるのが嫌いだった」(同前)。いますね、そういう人。そして、この機動力にたけるプロップは軽量だった。185㎝の89㎏。だから、ニース市民、チーム仲間、対戦相手はとっくに実力をわかっているのに、ウェールズ代表のセレクターはつれなかった。キャップ数は1990年と91年に得た「5」にとどまる。1983年のデビューから95年の引退までクラブの前線を支えたタフガイにしては遅くて少なかった。

 ニースの元コーチでウェールズ代表21キャップのブライアン・トーマスは生前、ブライアン・ウィリアムズを前掲メディアにこう評した。「1万年にいっぺんしか出現しない」。キャップ5にして1万年にひとり。そして「彼を自動的に選ばない選考委員は」。そのあとに不穏当な表現を続けている。

 さてリーグワンにも「ブライアン・ウィリアムズ」はいる。ファンには「この人をジャパンに」「この人がキャップなしとは道理が通らぬ」と声に出す権利がある。代表批判ではない。クラブ愛の当然の発露だ。

 もし自分がクボタスピアーズ船橋・東京ベイの熱烈な支持者なら叫んでみたい。

「末永健雄に桜のエンブレムを」

 放送解説で凝視、身長だけが平凡で、体格やスキルや根源の生命力は非凡なフランカーの存在が大きくなった。暴れ牛にタックルを仕掛けたニースの男とちょっと重なる。  

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