初めての公式戦デビューから一晩あけて、ふたたび知人や両親からの連絡がいくつもきた。
2月6日の朝日新聞のスポーツ欄に初出場を伝える大きな記事が掲載されたからだ。
記事は4段にわたり、写真は五輪ニュースのものよりは小さいが、プロ野球のキャンプのものより大きかった。
埼玉ワイルドナイツのPR床田裕亮が2月5日、秩父宮ラグビー場でおこなわれたシャイニングアークス東京ベイ浦安戦(48-5)で公式戦初出場を果たした。
2018年春の入社から、4シーズン目のことだった。
2019年にカップ戦への出場はある。
しかし、日本代表の稲垣啓太やスーパーラグビーの経験も豊富なクレイグ・ミラー(日本代表)が同じポジション(1番)。なかなか出番をつかむことができなかった。
実は、前節のコベルコ神戸スティーラーズ戦でもリザーブ入りしていた。
しかし試合終了直前の逆転勝ちという内容(41-37)に出場はならなかった。
他のベンチスタート7人は出場したから、「まだ、厳しい状況を任せてもらえるほどの信頼はないのか」と悔しかった。
「でも試合終了と同時に、次こそ、と切り替えました」と話す。
ついに巡ってきた初出場の瞬間(後半26分)は、笑顔でピッチに出た。スコアは43-0と大きく開いていた。
すでにベンチに下がっていたHO坂手淳史主将に「ミスしていいから思い切り楽しめ」と送り出された。ピッチでは「(SO松田)力也さんから思い切っていけ、と言われて迷いなくプレーできました」。
2回のボールキャリーは前に出られた。うしろに立っていた松田から「行け」と声がかかった。
ブレイクダウンワークに体を張り、スクラムは一回。相手ボールを奪い取ることはできなかったけれど、しっかり組めた。
「いいヒットができた。(スクラムの中で)堀江さんからも、このまま(でいい)と言ってもらえました」
試合に出場することでうまくなっていくとは、こういうことだろう。濃密な14分間だった。
スティーラーズ戦のメンバーに入ってからの2週間は、それまでとは違い、試合メンバーとして日々を過ごす期間だった。
「試合のときになって、コミュニケーションがとれず困る…ということがないように、積極的に周囲の人たちと話しました」
そんな準備も実戦で生きたと振り返る。
嬉しかったのは、初出場を自分のことのように喜んでくれる仲間たちが大勢いたことだ。
ワールドクラスや代表メンバーがひしめくワイルドナイツ。床田同様、出場機会を得られずに悶々としている選手たちは何人もいる。
そんな選手たちが、自分がチャンスをつかんだことを本当に喜んでくれた。
「そんな姿や、かけてくれた言葉が背中を押してくれました」
田園ラグビースクールでラグビーを始めた。三人兄弟の長男。次男は日野(FB聖悟)、三男は明大(PR淳貴)でプレーする楕円球ファミリーの一員だ。
桐蔭学園、中大を経て入社。人生の幅も増やしたいと、社員としてラグビー活動を続けている。
「スク」役のHO島根一磨とコンビを組む時は「マム」となり、『スクマム! クマガヤ』のスローガンのもとラグビー普及を繰り広げる地元の活動に加わる。
「(その活動をしている者が)試合に出ることで、もっと喜んでもらえたら嬉しいですね」
応援者はあちこちにいる。
試合に出られない期間は長かった。「壁が厚いことは分かって入団した」のだから心が折れることはなかったけれど、当然、心の浮き沈みはあった。
それでも気持ちを切ることなくチャレンジを続けてこられたのは、同じような立場でも腐らず、黙々と努力を重ねる仲間たちがそばにいたからだ。普及活動を通して応援してくれるファンの存在も支えになった。
このチームに入ってよかった。
超一流の選手たちと同じ空間にいていつも思うのは、「本当に細かいところにまで気を配っているから一流でいられる」ということだ。
「例えば稲垣さんなら、肩の位置、HOとの兼ね合い、コミュニケーションなど、こまかなディテールにとことんこだわる」
簡単には越えられない人が近くにいる幸せ。床田は、それを知っている。
試合に出ることで、それを多くの人にも知ってほしい。