大徳寺は京都市の北、紫野にある。その寺評を作家・司馬遼太郎は残している。
<鎌倉末以来、日本における臨済禅の濃密な拠点なのである>
その正面と言うべき北大路沿いに日本料理の「御料理 だんじ」はある。
店主は入口誠(いりぐち・まこと)。44歳のラグビー経験者である。フッカーだった往時はその丸々とした体でしのばれる。
「現役時代は78キロです。今は130キロ、いや120キロにしといてください」
その違いがよくわからない。熊本の九州学院から京産大へ。店の名は大学時代のあだ名。先輩から「九州男児」を短くされた。
紫野は市内の喧騒から離れる。ここに店を構えた理由はある。
「母がお茶をやっていることもあります」
母・清子は表千家。茶道は禅をその源とする。400年以上も昔、この道の完成者である千利休が大徳寺の門に自身の像を置かせたことで、豊臣秀吉の怒りに触れ、切腹を申し付けられたという話が伝わる。
ダンジ自身この辺りに思い出が多い。
「この北区に育ててもらったようなものです」
当時、日々の練習に明け暮れた総合グラウンドは同じ区内。店から原付で15分ほど北に上がったところにある。
店の玄関では白菊、赤い南天、緑の松が美しく出迎える。四季によって大ぶりの花入れの内容は変わる。
「自分で生けています」
店内は白が基調。ジャズが流れる。時節柄、6席と減らしたカウンターの中、ダンジはひとりで腕を振るう。
料理はコース。鴨ロースなどの八寸(前菜)、お刺身や名物のさくさくの天ぷらなどが出てくる。ごはんは土鍋炊き。つやつや、もちもちのコシヒカリ。新潟の南魚沼産だ。精肉や魚介、野菜は京都の台所、中央市場で吟味する。日本酒は福岡の「渓」(たに)や滋賀の「松の司」など舌に感じたものを置く。
コースの内容は求めに応じる。この時期は丹波名物のボタン鍋が京風の白味噌で供されたりもする。甘く香り高い出汁に脂の乗ったイノシシの肉がねっとり絡まる。ダンジは煮頃を見極めながら、給仕をする。名高い故郷・熊本の馬刺しも賞味可能。コースは1万円(税込み)からになる。
ダンジは京産大を出て、飲食の道を志す。出町柳にある「西角」での7年のつとめを中心に腕を磨いた。開店は2018年。その時には佐々木浩から祝花が届く。「祇園 さゝ木」を率い、日本の和食界を代表する先達からも応援を受ける。店は6月から5年目に入る。
食への興味をふくらませたのは、京産大時代の「栄養合宿」もある。関西リーグなどの主要試合の1週間前から、勝利のためにメンバーには毎夜、特別食がふるまわれた。すき焼き、焼き肉、味噌鍋、ちゃんこ鍋など。うなぎやすっぽんも出た。ダンジは3年から本格的に合宿に参加できた。
その費用は監督だった大西健が身銭を切った。台所で差配をするのは妻・迪子(みちこ)。政財界や芸能人が訪れた茶釜天ぷら「逢坂」(おうさか)の家付き娘らしく、その料理の腕前は抜けていた。ダンジは忘れない。
「美味しかったですね」
栄養合宿は今も続いている。
競技を始めたのは中1から。熊本ラグビースクールである。4つ上の兄・剛の影響だった。中学時代は野球と兼部。「キュウガク」と呼ばれる九州学院には当時の監督だった野口光太郎が誘ってくれた。野口はスクールの先輩でもあり、現在は県ラグビー協会の理事長をつとめている。
最初は歩くスピードで始まる練習で基礎を教え込まれる。
「野口先生のおかげで今があります」
全国大会出場こそなかったが、国体の選抜チーム入りなどもあり、大西へ話がつながった。部からは初の京産大生となった。
大学2年では大畑大介、3年では岡本宗太を主将にいだき、チーム最高の関西リーグ連覇を果たす。ウイングの大畑は神戸製鋼に進み、日本代表キャップ58を得る。岡本は力強いフランカー。トヨタ自動車に入った。4年時は関西3位。36回大学選手権(1999年度)は初戦で明治に5−60で敗れた。
その頃の猛練習を振り返る。
「スパイクから泡が吹きました。よく見たら自分の汗でした」
スクラムだけで3時間をこなした。
「歯を食いしばる、という経験ができました」
それは店の存続につながっている。
2021年度シーズン、京産大は23年ぶりに関西を制する。ダンジの3年生以来のことだった。選手権4強では10回目の優勝を果たす帝京を30−37と追い詰めた。
「OBのひとりとして誇らしいです」
帝京戦は1月2日。相談役に名を変えた大西は東京・国立競技場からの帰途、店を訪れた。残念会には教え子で監督を託した廣瀬佳司らも加わった。
心血を注ぐ店には、じき72歳になる恩師も通ってくれるようになった。
「この場所で必要とされるお店になっていけばいいなあ、と思っています」
紫野は日本が誇る和装の街、西陣からも近い。舌の肥えた旦那衆に、ダンジは鍛え上げた味覚で対峙する。その姿勢はラグビー精神の発露、「挑む」にほかならない。
御料理 だんじ
■住所・電話 〒603−8214 京都市北区紫野雲林院町22 ※京都市バスの大徳寺前の停留所(南側)から50歩ほど
075−431−2052
■営業時間 午後5時30分〜同10時(まん延防止期間中は要確認)
■店休日 月曜
■座席数 カウンターは6。2人用テーブルが1(コロナ対策で座席数は少なめ)