アスリートファースト、チームファースト、アメリカファースト…。あるものを「一番大事」と表現する流行り言葉だが、先日はこんな変わり種を聞いた。
ドラマファースト。
テレビ局の人あたりが言いそうな言葉だが、違う。発言の主は、埼玉パナソニックワイルドナイツの飯島均ゼネラルマネージャー(GM)だった。
2019年、旧知のTBSディレクター、福澤克雄さんから電話を受けた。ドラマ「ノーサイド・ゲーム」の撮影に協力してほしいという依頼だった。
トップリーグのカップ戦を控えた時期。しかし、飯島GMはチームに弁舌を振るった。「ワールドカップの年に池井戸潤さん原作のドラマに出られる。こんなチャンスはもう来ない。ラグビー界の人間はこれに懸けるべきだ」。
「試合の勝ち負けは後から取り戻せる」とまで言ったそうだから、恐れ入る。そして掲げたスローガンが「ドラマファースト」だった。「スケジュールはまず撮影ありき。その合間に練習をしていた」。北関東から日本屈指の強豪をつくりあげた名物GMは笑う。数十人の選手、スタッフが協力し、迫力ある試合のシーンができあがった。
「スポーツには理屈じゃない感動がある。それを伝えられる絶好の機会がワールドカップだった」。大会が始まる前から盛り上げ、ラグビーの魅力を広める手伝いをしたかったと語る。
ワイルドナイツは三洋電機時代、役員から廃部の方針を伝えられたことがある。「どうやって生き延びるかを考えてきた」。チームの外の人に必要と思われる存在になるには、勝利だけでは足りない。そうした長年の努力の一端を表す言葉が「ドラマファースト」だった。チームの活動方針としては前代未聞だろう。しかし、意図するところは明確だし、ほほを緩めさせるユーモアがある。
一方で、スポーツ界の「○○ファースト」には首をひねるものもある。東京五輪の前後によく使われた「アスリートファースト」。選手のためといえば聞こえはいいが、実際には国際オリンピック委員会(IOC)などが自分達の要望を通す口実になっているのでは、と思わせる場面もあった。
2019年のワールドカップでは「チームファースト」が問題になった。ワールドラグビーはこの言葉を盾に、選手が泊まるホテルの改修まで日本側に強要した。行きすぎたさまざまな要求は経費の増大にもつながった。組織委の大会報告書には「チームファーストの定義が漠然としている」「ワールドラグビーやチームは常にチームファーストを拡大解釈して要求してくる」と教訓が記されている。
選手が思う存分にプレーできる場を準備する。大会を運営する人たちにとっては、言わずもがなの責務である。しかし、感染症の拡大やテロ、戦争など、人々の安全が脅かされる状況になった時、本当に選手が「一番」の存在なのか。そう言い切れないことは、この2年間で選手を含む多くの人が感じたことだろう。逆に、周りの人々や世間の支持があってこそ選手が競技に専念できる側面がある。
五輪やワールドカップなど国際大会の時に、スポーツ界の「上から目線」は露わになりやすい。しかし、状況は変わりつつあるのかもしれない。そう感じさせる出来事があった。
ワールドラグビーがこのほど発表した、気候問題に関する計画。他の競技と比べ、画期的な内容が含まれている。大会の運営などで排出される温暖化ガスの削減に高い目標を掲げたほか、具体策に目を引くものがある。特に、ワールドカップの招致や運営では大きくかじを切った印象だ。
分かりやすいのがハコモノに関する方針だろう。国際スポーツイベントと言えば、スタジアムやインフラの新築、改修が付きものとなっている。東京五輪では会場の整備に1兆円近くが費やされた。しかし、ワールドカップでは今後、一定の条件を満たした工事しか認めないという。試合会場には再生エネルギーなどを活用したスタジアムを優先的に使う。開催国を選ぶ際にも、環境問題への取り組みが重視されるようになる。
行動が伴わなければ意味がないが、より世の中に貢献できる大会にしようという意思は伝わる。五輪やサッカーワールドカップと比べてかなり厳しい規定になったが、他の競技が後に続く可能性は十分にある。
産声を上げたばかりのリーグワンにも、こうした方向性は期待されるところ。リーグは看板の1つに社会問題の解決を掲げている。どの課題に取り組み、どう目標を設定するか、リーグと各チームが早急に決める予定になっている。
ワールドラグビーが打ち出したように、気候問題は有力な候補だろう。欧米のプロスポーツチームも取り組みを加速している。野球の米ヤンキースは専門の科学者を雇用し、具体策を練っている。イングランドには、試合開催や観客の移動などに伴う温暖化ガスをほぼ全て削減、吸収しているサッカーチームもある。
日本はまだのんびりしている。基本的な取り組みの1つとして、温暖化ガスの排出量を測定して削減計画を定める、というものがある。ただ、取り組んでいるのはJ、Bリーグの計数チームにとどまる。リーグワンが全チームで始めればインパクトは大きい。
ラグビーが今、この問題に取り組むべき理由もある。先日、トンガを襲った噴火と津波。被害の全容はまだ分からないが、同国はもともと世界で3番目に自然災害のリスクが高い国と認定されていた(日本は46番目)。
原因の1つが平らな地形である。本島のトンガタプ島は最も高い場所で海抜28㍍しかない。今回のような津波はもちろん、温暖化によって海面が上がったり、台風が増えたりすると被害は甚大なものになる。
リーグワンのチームなどが募金などの支援を始めたのは素晴らしいこと。ただ、長期的にトンガの人々を災害から守るなら温暖化対策に取り組まないといけない、という話になる。
スポーツが社会の課題を解決することはスポーツそのものを救うきっかけにもなる。ワールドラグビーの急激な方針転換の背景には、危機感がある。多くの先進国でスポーツ離れが進む。見る人、プレーをする人が減っている。1チームに15人が必要なラグビーの場合、地崩れ的に競技者が減りかねない。日本で既に起き始めている現象である。
ワールドカップの日本代表の雄姿を見て、多くの人が心を動かされた。素晴らしいことだが、それだけでは十分ではない。グラウンドの外でも存在価値を示していかないと、スポーツは世間の支持を集められない。そんな時代になりつつある。五輪が典型だが、「アスリートファースト」だけでは大会の招致に手を挙げる国も減っていく。
流行の表現に乗っかるとしたら、スポーツに必要なのは「社会ファースト」「世の中ファースト」といったところか。そう考えると、チームの「外」を意識させる言葉だった「ドラマファースト」は、既にこの方向を目指していたことになる。