負けたあと、記者の囲みが解ける。
河村ノエルはメディアに謝意を伝える。
「ありがとうございました」
高校ラグビーでは珍しい丸刈りの下の目は涙にぬれる。
SO主将として先頭に立った大阪桐蔭は元日の午後、京都成章に8−15。白ジャージーは黄×青の出足のよさにたじろいだ。Bシードとして臨んだ101回目の全国大会は3回戦敗退になる。
「勝っていたら、保護者の方たちに花園のスタンドで応援してもらうことができました。それができなくなって、申し訳ない気持ちでいっぱいでした」
次の8強戦から無観客が有観客になる。メディアや父兄たちのことを思いやる。
主将就任は監督の綾部正史が決めた。同期と1つ下の投票を参考にする。
「ほぼ、満票でした。でも、ノエルはほかの人間に入れたようです」
謙虚さも持ち合わせる。
「ノエルのいいところはまっすぐなところ。男らしく、やりきります。ウチは朝練習はありませんが、彼は早く来てウエイトをしていました。足りないと思った日は、全体練習が終わったらウエイトをしていました」
自宅は東大阪。大東にある学校まで自転車で片道40分かけて通っていた。その往復もバイクトレーニングになる。
大阪桐蔭に進んだのは2人兄弟の兄の影響が強い。3つ上の兄・レイジもOB。98回大会の初優勝時にはFLとして貢献した。関西学院大の新4年生になる。
ノエルという名は母・順江(まさえ)が女性タレントの桐島ノエルからとった。母は男子の次には女子の出生を願ったのだろうか。中性的な名前で違和感はない。レイジは父・正信が好きな米国のロックバンド「Rage Against the Machine」(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)から名付けられた。
父は大阪の池島高(現みどり清朋)や盾津クラブで競技をやった。河村家はラグビー一家。楕円球を追うべき人にふさわしい姿勢や振舞いを知らぬ間に身に着ける。
競技歴の始まりは小1。東大阪ラグビースクール(現・東大阪KINDAI)に入る。小6まではサッカーも並行してやった。SOに必要な蹴る力はこの競技で養われる。
「試合のある方を優先していました。かぶったらラグビーに行きました。タックルができるのが楽しかったのです」
小阪中では大阪府の中学選抜に入る。大阪桐蔭では1年生から公式戦に出場。連覇を目指した99回大会では、優勝する桐蔭学園に12−31。この8強戦では後半8分、交替出場している。
基本はCTB。175センチ、80キロの体を躊躇(ちゅうちょ)なくぶつけるタックルが魅力。高校日本代表候補にも選ばれている。この101回大会の2試合は司令塔に座った。
「いいSOがいないからです」
綾部は理由を説明した。
トレードマークの丸刈りは球児のようだ。大阪桐蔭の野球部は春夏の甲子園で優勝8回を誇る。
「部員に間違えられたことはないです」
現役のNPB選手として、中村剛也(西武)や中田翔(巨人)、根尾昂(中日)らがいる。
このヘアースタイルは中3から続けている。しでかした訳ではない。
「気合いを入れるためです」
長さを3ミリに設定したバリカンで刈る。
「そんなに伸ばすなよ。ノエルとわからんようになるからな」
綾部からはジョークが飛ぶ。
大学は帝京に進む。24人の同期の中でただひとりだ。
「9連覇を見ていました。憧れでした」
深紅のジャージーが大学選手権を制し続けたのは、幼稚園から中2の間になる。
帝京にはレギュラークラスの先輩が多い。新4年は兄と同期。SOの高本幹也とCTBの松山千大(ちひろ)。新3年はHOの江良颯(はやて)やFLの奥井章仁がいる。
「1年生からレギュラーを獲るつもりで頑張っていきたいです」
その系譜に連なりたい。
帝京は58回目の選手権で4大会ぶり10回目の頂点に立った。1月9日の決勝戦では明治を27−14で降す。
「うれしかったですね」
戦いの直後、監督の岩出雅之は勇退を表明した。後任は教え子であり、FWコーチの相馬朋和の昇格が確実視されている。河村の大学初年は新監督とともに、連覇へ挑む。
帝京では人生初の寮生活を送る。
「楽しみにしています。これからは自分のことは自分でしないといけません。人として成長できると思います」
前向きさもまたこの18歳の美徳である。
果たせなかった夢は後輩たちに託す。
「日本一を目指してやってほしいです」
生駒の山並みにある土のグラウンドに別れを告げる。ここは国定公園にかかり、人工芝化などの開発は制限されている。
常翔学園の淀川の河川敷グラウンドもまた土である。こちらは国交省管轄で開発制限がかかる。人工芝グラウンドの工事は学校横で始まっており、3年後に完成する。直近10大会で優勝した東海大仰星、桐蔭学園、東福岡もすでに人工芝化は終えてある。
生駒のグラウンドは冬になれば、気温は市街地と比べ3〜4度は低い。土にも寒さにもめげず、河村は3年間を過ごした。たくましさを増して、次のステージに上がる。