オリンピックの世界で一流アスリートに専属コーチやトレーナーが寄り添う姿は、もはや見慣れた光景だ。
ラグビー界においても、そういったスペシャリストたちの存在と活躍に注目が集まるようになってきた。
田牧一幸氏(株式会社アトゼ・ライフケア)は、横河武蔵野アトラスターズでストレングス&コンディショニングコーチを務めている。山崎豪ゼネラルマネージャーをはじめ、選手、スタッフから絶大な信頼を得て、選手育成の鍵を握っている。
出身は秋田県大仙市。県立大曲農業高校在学中、両親の勧めで始めた自転車競技でインターハイに出場した。
卒業後にアスレティックトレーナーになることを目指して上京し、スポーツ・エデュケーション・アカデミー(東京・高田馬場)に進学した。
「アスレティックトレーナー」とはスポーツトレーナーの一種で、選手の健康管理や怪我の予防、リハビリなど、メディカル面でも専門性の高いケアをおこなう、いわば医療とスポーツをつなぐパイプ役のような存在だ。
保有資格は、NASM PESとWFA Football Periodisation Expert。トレーナー会社に就職し、サッカー界、ラグビー界で経験を積み独立。2014年から横河武蔵野のS&Cコーチを務め、現在に至る。
「ストレングス&コンディショニングは直訳すると『強化と整える』っていう意味で、体調面を含め、選手の体に関わること全てに携わる仕事。ラグビーという競技の身体的要求に合わせてチーム全体のトレーニングと怪我人のコンディションを上げるためのリハビリを、メニューを考えるところからやっています」
メディカルスタッフやヘッドコーチとも連携し、選手が高いパフォーマンスを発揮できるよう、整った状態に作り上げることも仕事の一つ。
「1年目の選手たちは一番大変だと思います。今までは学業が本分とはいえ、ラグビーだけをしていればよかったのに、仕事で責任を負わされるので、やっぱりコンディションはガクッと落ちますね。
うちのチームの特徴ですけど、平日は本当に忙しいみたいで練習に来られないこともあるので、せめて土曜日だけでもちゃんと動いてないと試合で体が動かない。そういう面でも彼らにはケアが必要」
横河武蔵野のウエイトトレーニングは、月・火・水・木曜日。新型コロナ感染対策のため、クラブハウスにあるジムのほか、別々の場所で人数を分散しておこなっている。
選手たちは週4日間、鍛える場所を変えながら、田牧さんからメールで指示されたメニューを各自でこなす。
グラウンド練習日は火・木・土曜日。年間トレーニングのプログラムは、9月から4か月間におよぶリーグ戦にピークが来るよう組まれているのだろうと思いきや、それは一昔前までのことらしい。
「サッカーやラグビーのリーグ戦のように期間が長い競技の場合は、常に体を100パーセント使いこなせるというか、発揮できるような準備を春先からずっと繰り返します。あまりどこかにピークを持っていくというようなことは主流じゃなくなってきています」
栄養指導もシーズンを通しておこなっている。横河武蔵野では選手がリーグ戦中もフルタイムで勤務しており、仕事が忙しく、食事がしっかり取れないことがある。
「どうしても夜はいっぱい食べてしっかり栄養を摂るけど、朝と昼は簡単に済ませがちで栄養が不足しがちになるので、そこにプロテインがあるように指導して、1日の中でタンパク質が不足する時間を少なくするよう促しています」
試合の2〜3日前は、炭水化物(エネルギーになるもの)を摂ればよいという説があるが、少し事情が異なるようだ。
「サッカーとかだったらそれでも多分いいんですよ、走る距離が長いので。ただラグビーだと、当たる、コンタクトとかもあるので、アドレナリンを出さなきゃいけないじゃないですか。
アドレナリンなどのホルモンはタンパク質からできているので、本当に1日前とか2日前とかも、タンパク質をできるだけ摂るような食事を心掛けてもらうようにしています」
「(アドレナリンを試合で出すために)脳の分泌物も変えないといけないので、ルーティンとして、スイッチが入るようなことも一応指導しています。起床は試合の6時間前、食事は1.5〜2食とるよう促し、最後の食事は3時間前に摂ってほしい。そういう内容をみんなにメールし、活用してもらっています」
田牧さんは選手情報をコーチ陣へ供給する役割も担っている。そうすることが選手選考の手助けにもなるのだ。
練習時、部員は春先からGPSを着けており、その数値も一つの材料となる。
「数値で見ていると、選抜メンバーで一番足が速いのはWTB廣渡将。トップスピードは34キロ近く出ています。アベレージではFL清登明が高い」
それに関連して、チームの『身体能力ベスト3』を挙げてもらったところ、1位は清登、2位はFL石井達士、3位はSH・WTBの古田泰丈と明かした。
清登は今年32歳、石井は34歳。ラグビー選手は30代になってからも能力が伸ばせると話す。
「廣渡みたいな、トップスピードはやっぱり年齢で落ちてくるかもしれませんが、試合で活きる動きの質というか、そういうものは30歳とか35歳ぐらいでも、まだ普通にできると思います」
横河武蔵野には田牧S&Cコーチのほか、アナリスト、メディカル、トレーナーなどが多角的な視点から選手を分析し、支え、ロジカルシンキングでは辿り着けない新たな戦略を切り拓くため、ブレーントラストとしてチームに貢献している。
次回はメディカルスタッフのチーフを務める萩原章雄氏(所属:株式会社ナズー)にスポットを当て、話を聞く。
※今季リーグ戦の模様は、横河武蔵野アトラスターズの公式YouTubeチャンネルでご確認いただけます。