ホーンが鳴った。
プレーが途切れれば試合が終わるタイミングで、大東大は敵陣ゴール前右でラインアウトを確保。モールを押し込み、HOの酒木凜平主将がゴールエリア右隅にフィニッシュする。
29-31。直後のコンバージョンゴールが決まれば同点となる。蹴られるのは、トライの決まった位置からのタッチラインとの平行線上と決まっている。今回は急角度の難しい位置だ。
キッカーを任されるのは戸野部謙。インサイドCTBのスターターである。
「皆には、何も考えずに思い切り蹴れと声をかけられた。蹴りやすかった」
12月18日、東大阪市花園ラグビー場。大学選手権4回戦に臨んでいた。
大会規定上、スコアとトライ数が同じ場合はコンバージョンの本数が多いチームが次戦進出となる。両軍とも5トライずつを奪った今度の80分にあって、対する同大は5本全てのコンバージョンを外していた。
大東大はこの時点で4本中2本と上回っており、最後は同点にした時点で準々決勝進出を決められた。
スタンドは静まり返る。緑の12番が右足を振り抜く。
弾道は、左にそれた。
すると大東大のフィフティーンは、すぐに戸野部のもとへ駆け寄る。まるでゴールを決めた時のように笑顔で抱き合い、ともに整列のため自陣10メートル線へ戻る。
「(コンバージョンの直前は)蹴らせてしまっている身なので、自分のできることだけをやってくれたらいいよと伝えていました」
酒木主将がこう振り返れば、戸野部はかように述懐する。
「外れてしまって、皆が駆け寄ってくれて、思いが、こみ上げてしまいました」
苦境を乗り越えてきた。前半はエリア合戦で後手を踏み、守ってはラインオフサイドの反則を連発。開始から23分で4つのトライを決められ、0-20と大きくリードされた。
それでも酒木は、ファイティングポーズを崩さない。
「得点を獲られている理由はキックカウンターからのディフェンスの甘さ、ディフェンスでのペナルティと、自分たちのミスでした。修正してアタックすれば…というイメージがあった」
5-20と少し差を詰めて迎えた32分には、キッカーだった戸野部が攻撃で魅する。
自陣から右へ、左へと展開する流れで、左中間で防御網を破る。約40メートルもの距離を軽やかに走り、グラウンディング。直後のコンバージョンも決め、12-20とした。
守りでも際立つ。劣勢の時間帯もタックルとその後の起き上がりを重ね、ハーフタイム直前には自陣ゴール前左で相手の展開と対峙。左大外のスペースへパスを振られたのに対し、仲間とともに身を挺してゴールラインを死守する。
直後のプレーで、LOの塩見成梧がジャッカル。ピンチを脱した。
後半はシーソーゲームとなる。27分には大東大が24-23と一時、勝ち越す。接戦を演じられたとあり、酒木主将は「負けたことは悔しいですが、次につながるゲームになった」と、晴れやかな表情を貫いていた。
「良くも悪くも、ダイトーらしい試合になったのかなと。悪い意味では、大味というか、(試合の)入りの部分でやり切れていないところがあって。ただ、自分たちのペースになった時の得点力、雰囲気はある。ダイトーに入ってよかったと思いました。試合に負けて悔しいんですけど、そこでめそめそしていても次につながらないし、ダイトーらしくない。4年生も、下級生も含めて、(この結果を)次のステージへつなげていかないといけないと思いました」
大東大は突進力のある留学生を擁し、コンタクトの多いCTBの位置には2年のペニエリ・ジュニア・ラトゥ、1年のハニテリ・フィラトア・ヴァイレアと、いずれも身長180センチオーバー、体重100キロ前後という大型ランナーがいる。
かたや岐阜工出身で3年の戸野部は、公式で「178センチ、91キロ」。はた目には厳しいレギュラー争いを強いられていたように映るが、本人は、この日の大東大と同様に執念を示していた。
「派手なプレーはできない。泥臭いプレーでチームに貢献する。(アウトサイドCTBに入った)横のラトゥともコミュニケーションを取って、(チーム全体が)やりやすい状態を作ってきました」
自分だけの強みを認識した結果、関東大学リーグ戦では7戦中6戦で12番をつけた。ディフェンスでの運動量、スキルフルなアタックは随所に際立っていた。シーズンを通しての貢献度を鑑みれば、最後の場面で味方に称えられたのは自然だった。
戸野部は来季、学生ラストイヤーを迎える。