ラグビーリパブリック

宮古島からラグビー強豪校へ。そして花園へ。山本晴大[御所実業主将/SH]

2021.11.30

攻守とも強気なプレーが持ち味。SH山本晴大主将は沖縄・宮古島出身(撮影:佐藤真一)

激しいディフェンスでも見せる。昨季も途中出場で花園の地を踏んだ(撮影:佐藤真一)

 11月21日。御所実業はライバル・天理との対決を28―5で制し、3大会連続の花園行きを決めた。

 下馬評では天理優勢。今季の御所は1月の新人戦と5月の春季大会、いずれも天理に敗れていた。
「2敗していた相手なので、3敗はできない。しっかり勝ち切ることにこだわりました」

 そう語るのは今季、御所を率いるスクラムハーフの山本晴大(はると)主将。162㌢、65㌔の体躯から出る強気なプレーとタックルで魅了する。言葉通り、3度目の勝負でリベンジを果たした。

「主導権を握るために、前半10分は自分たちがスコアすると考えながらプレーしていました」
 その山本が自ら先制トライを挙げる。

 開始早々、2分だった。ラインアウトモールで前進し、敵陣22㍍内まで進入。そこから山本が持ち出して、迫りくるタックルをかわしインゴールに入った。
 現役時のポジションがSHの二ノ丸友幸コーチも「今日のファーストトライはチームが求めているものだった。満足しています」と教え子をめでた。

 その後も、ピンチの場面でジャッカルを決めるなど、要所での活躍が光る。
「ハーフは一番余裕があるので、FWが少しでも休憩できるように、自分も体を張ることを意識しました」

 山本は沖縄の宮古島出身。本格的にラグビーを始めたのは高校からだ。ダイビング事業をおこなう父・大司さんの影響で、小学3年ごろからラグビーと出会った。

 それでも宮古島にはラグビースクールがなかったから、ラグビーに触れるのは不定期。沖縄本島のラグビースクールにスポットで参加したり、夏休みに父のつながりで岐阜のラグビースクールに行ったりもした。

 中学でもラグビー部はなかったけれど、地元のクラブチームに社会人に交じって参加していた。
 そんな環境でも高校からラグビーを志したのは、「細川先生の影響も大きかったと思います」と大司さん。細川明彦先生(現・京都工学院コーチ)は宮古高で熱心にラグビーを教えていた。

 山本が中学の途中からバスケ部に所属したのも、今後のラグビーに生かすためだった。

 御所とのめぐりあわせは、中学2年の冬だった。
 沖縄県ラグビー協会50周年を祝う招待試合が開かれ、そこに御所が参加していた。
「試合を見て、ここでプレーしたいと思いました」

 誘われたわけではない。自分から熱意を伝えた。
 二ノ丸コーチは入学当時を振り返る。
「素人だったけど、身体能力はずば抜けていた。今日(予選)で終わらせたくないなという思いもありました。全国で見せたい逸材」

 2年前までほとんどラグビー素人だった山本主将が、今年100人近い部員がいる強豪校を率いて花園に出る。
 目標は当然、日本一だ。
「先輩たちができなかった竹田先生の胴上げを成し遂げたい」

 宮古島からラグビー強豪校へ。次は全国の舞台で輝く。

今季より監督専任となった竹田寛行監督と抱擁(撮影:佐藤真一)
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