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【コラム】ブレイクダウンで、顔と壺

2021.11.09

どのカテゴリーでも常にキーフェイズとなるブレイクダウン。写真はスコットランドvsオーストラリア(Photos/Getty Images)

 日本と縁の深い2人が正反対の話をする。どちらも世界的な有名人でもあるから、受け止め方に困った。ラグビーのカギとなるプレーを巡ってのことである。

「ブレイクダウンの判定でディフェンス側がすごく有利になっている。この局面の重要度が増している」。10月初め、日本代表のジェイミー・ジョセフヘッドコーチは記者会見で語った。

 その翌日。イングランド代表のエディー・ジョーンズ監督に取材する機会があった。出てきたのは真逆の言葉。「ブレイクダウンの取り締まり方が少し変わり、攻撃側が有利になった。ラックでボールが出るまでに平均3~4秒掛かっていたが、今ではたった2秒。クイックボールをすごく出しやすくなっている」

「日本代表側の見方と違いますね」。ジョーンズ監督に言うと、笑って答えた。「それぞれの解釈というものがある。私にとってはこれが現実だ」

 真っ二つに分かれる見方。どちらが正しいのか。

ジェイミーは、日本代表指揮官として二度目となるW杯をにらむ(Photos/Getty Images)
イングランドを指揮、もうすぐ丸6年が経つエディー(Photos/Getty Images) 

 筆者の大学の同期で恐縮だが、日本協会の河野哲彦・公認A級レフリーに会ったので見解を問うた。いわく、「どちらも正しい」。理由はブレイクダウンを巡るルールや判定基準の変更だという。

 2019年のワールドカップ後、競技規則に新たに登場した言葉がある。

 ジャッカル――。

 正確にはこのプレーをする選手を指す「ジャッカラー」という単語が使われるようになった。姫野和樹の代名詞として広く市民権を得た技術だが、実はこれまで明文化されていなかった。今年の競技規則に一文が加わり、ジャッカルする選手の下肢を攻撃側が狙うことなどが明確に禁止された。ジャッカラーを保護することでブレイクダウンの攻防を促す。攻守交代を増やし、スリリングな試合にする狙いがある。実際、今年は世界的にこのプレーが増えているように映る。

 守備側が有利というジョセフヘッドコーチの意見は、この事象を語ったものとして納得がいく。では、ジョーンズ監督の認識は間違っていたのか。

 河野レフリーは私見としたうえでこう説明する。「W杯の後、タックラーへの判定が厳格化された影響があるのではないか。ボールキャリアーが膝を地面に突くと、タックラーの方もキャリアーを離さなければいけないなどの義務がガイドラインで定められた」。そういえば、ジョーンズ監督は「ノットロールアウェイやタックラーのリリースがかなり厳しく取り締まられている」とも言っていた。

 ジャッカルというプレーだけを見たら以前より守備側が有利になった。しかし、その前のタックラーの反則を考慮すれば、攻撃側が利益を得るということのようだ。

 ちなみにジャッカラーの存在が公認されたことで、その義務も同時に定まった。競技規則ではジャッカルする際に自立することや、タックル後にまず相手を離す必要性が明記された。「ジャッカルの時、肘を地面についたりしてちゃんと立っていない選手の反則はしっかり見られるようになった」と河野レフリーは言う。

 ブレイクダウンで相反する現象のどちらに光を当てるのか。それは両軍のスタイルの違いも影響しているのだろう。イングランドは日本よりもキックを多く使う。ランで攻める機会が少ない分、ジャッカルに遭う危険性は減る。その分、ルール変更のリスクよりチャンスに意識が向くのではないか。日本はその逆のメカニズムになる。

 ルールにどう対応するかは奥が深い話だが、今年は世界中のラグビー人の頭がフル回転する必要に迫られている。「けっこう大きな変更だった」と河野レフリーが言うルール改正があったからだ。

 影響が大きいのはゴールラインドロップアウトの採用だろう。モールをゴールラインの奥に押し込んでもトライできずにアンプレイヤブルになると、相手ボールのドロップアウトに変わった。従来はマイボールスクラムからの再開で2度目のチャンスがあったのに、一転して相手ボールとなり、FWが力攻めした時の得点期待値は下がった。

 キックの「50:22ルール」もトップレベルの試合には大きな影響を与えていないが、「国内の大学の試合では、準備をしていないチームがこのルールで痛手を負っている」と河野レフリーは強調する。

「ジェイミー」と「エディー」に話を戻すと、見解の相違はルール以外にもう1つあった。試合中にボールが動いている時間を指す「ボールインプレー」の長さについてである。ジョセフヘッドコーチは「ワールドカップではティア1チームのボールインプレーが平均32分間だった。それが今では38分くらいになっている」と話す。

 一方のジョーンズ監督。「ボールインプレーは私がコーチを始めた1996年くらいからほとんど変わっていない。長いと40分間くらいだが、だいたいは32~35分間だ」

 こちらの原因究明は、正直に言ってお手上げ。ただ、候補に挙げられるのはボールインプレーの定義である。データ会社やアナリストによって違うので、おのずと計測結果も変わる。両コーチが比較の対象とした期間も違うのかもしれない。

 トップレベルのコーチが同じものを見ていても、見解が180度異なることがある。客観性を担保するはずの競技規則やデータでさえ、着目する場所によって浮かび上がるものが変わる。まるで、白い壺と2人の顔、どちらにも見える「ルビンの壺」のよう。

 求められるのは、様々な数値や条文のどこに目を付け、どう解釈するか。さらに今の自分達の立ち位置を見極め、最善の方向性を見いだす思考力なのだろう。

 コーチやチームは常に問われている。顔と壺、あなたにはどちらに見えますか?

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