ラグビーリパブリック

【コラム】革新のスペース

2021.09.30

新ルールは、キックをめぐる攻守のスキル、戦術の「余白」を新たにした(写真はフランスリーグ/Photo/Getty Images)

 本年8月より世界的試験実施ルール(https://www.rugby-japan.jp/news/2021/07/19/50882)が各国で施行された。8月に開幕した南半球のザ・ラグビーチャンピオンシップに続いて日本国内でも9月から大学の公式戦が始まり、新ルールによるゲームの変化を実感する場面が増えつつある。発表当初は想像できなかった種々の影響も明らかになってきて、あらためてラグビーという競技の奥深さを感じるとともに、各チームが今後どのように新ルールを活用していくのかという点に興味をかき立てられている。

 今のところもっとも大きな影響を感じるのは、『ゴールラインドロップアウト』だ。攻撃側がインゴールへ持ち込んだボールがヘルドアップになった場合、これまではゴールラインから5メートルの位置での攻撃側ボールのスクラムになっていたのが、ゴールラインからのドロップアウトに変更された。攻撃側のインゴールでのノックオンや、攻撃側の蹴り込んだボールを防御側がインゴールで押さえた場合なども、同様の形でプレー再開となる。

 攻撃側にとってはインゴールに入ればグラウンディングできなかったとしても5メートルスクラムでチャンスを継続できていたところが、ドロップアウトで大きく陣地を戻されることになった。逆に守る側にすれば、一気に危機を脱する可能性が広がったといえる。実際に試合を見るとこの違いは非常に大きく、トライを取り切る力はもちろん、ゴール前でのプレー選択も、これまで以上に重い意味を持つようになったと感じる。

 防御側の立場で考えると、相手のキックボールを自陣インゴールで押さえた際のドロップアウトの位置が、22メートルラインからゴールラインに下がった点も見逃せない。22メートルラインからのドロップアウトなら難なく敵陣まで蹴り込めていたが、ゴールラインからとなるとハーフウェーラインより自陣側で相手にキャッチされて攻められる確率が高くなる。そのため防御側は簡単にドロップアウトにできなくなり、インゴールに入ったボールを持ち出してプレーを継続するケースが増えた。インゴールに届くかどうか微妙なキックに対する見極めとその処理が、より重要になった印象だ。

 目に見えて試合展開に変化が現れている『ゴールラインドロップアウト』と対照的に、現状では明白な影響を感じにくいのが、今回の試験実施ルールでもっとも注目されていた『50:22』だ。これはボールを保持しているチームがハーフウェーより自陣側からキックを蹴り、バウンドしたボールが相手陣の22メートル区域内でタッチに出ると、キックを蹴った側のマイボールラインアウトになるというもの。キック一本でビッグチャンスを作れるだけに、多くのチームがこのプレーを狙ってくるのでは――という見方もあったが、ここまでのゲームではこの新ルールが適用される場面はほとんど見られない。

 ただこの『50:22』については、国際統括機関のワールドラグビーが「キックに備えて防御側の選手が下がることで、攻撃のスペースが生まれる」と導入の目的を説明しているように、ディフェンスラインに並ぶプレーヤーが減ることによって中盤で攻めやすいシチュエーションを増やすのが本来の狙いだ。ひとつの突破口が開くと、それを埋めるために相手は対応に動き、副次的に別のチャンスが生まれる。表面化していないところでその効果が出ている可能性は、十分考えられる。

 何より日本で『50:22』の適用が決定したのはほんの2か月あまり前だ。コロナ禍で思うように練習試合をこなせず、実戦での落とし込みが絶対的に不足している事情もある。チーム戦術としてこのルールを活用して好機を作り出すシーンが見られるようになるのは、むしろこれからだろう。

 バウンドしてタッチラインを割るキックを蹴るには、グラウンドの両サイドよりもフィールド中央からのほうが狙いやすい。相手陣の22メートル区域で外に出すなら、自陣のできるだけハーフウェーラインに近いところから蹴ったほうが精度は上がる。相手のキックケアがいない状況で、チーム一の足技の名手にその位置で球を持たせるには…。いま、全国各地でたくさんのコーチや選手が、ノートに鉛筆、あるいはタブレットにタッチペンを走らせながら、そんなイメージと格闘しているはずだ。

 ひんぱんに起こるプレーではないとはいえ、右利きと左利きの複数のキッカーを擁しゴール前での決め手を持つチームなら『50:22』を生かさない手はない。なんて考えていたら、ふとジャパンの顔ぶれが頭に浮かんだ。流大(右利き)、田村優(右利き)、ラファエレティモシー(左利き)らの多彩なキックで一気に敵陣22メートル内まで攻め入り、自軍投入のラインアウトからのムーブで姫野和樹やテビタ・タタフ(問答無用の突破力!)がなだれ込む。これ、2023年のフランスで大きな武器になりはしまいか。

 ラグビーではこれまで何度も大胆なルール変更が行われ、そのたびに新しいプレーや戦い方が発案されてきた。試験実施ルールの導入は、そうした工夫の入り込む余地が広がったことを意味する。そして斬新なアイデアは、必ずしも強豪チームから生み出されるとは限らない。戦力の不足を補うべく日夜思考を巡らせる情熱家の型破りなひらめきが、世界のラグビーを変えることだってあるかもしれない。

 ゴールポストもない土のグラウンドで誕生したある革新的な戦法が、地方大会でひそかな話題となり、気がつけば日本中、いや世界中を席巻していた。夢のある話だ。クライマックスに向け各カテゴリーで熱が充満する秋、そんな想像がふくらむシーンに数多く出会えることを期待しよう。